41話 『大丈夫』。
41話 『大丈夫』。
彼女が近づいてきているのは、気配で分かっていた。
それも、涙を我慢した理由の一つ。
女の前で涙を流すことを、プライドが許さなかった。
「……大丈夫ってなんだよ。それは、俺にかける言葉じゃねぇな」
とことん、強がっていくスタイル。
センは、不安と恐怖を押し殺し、
虚勢100%の笑顔でアダムを見つめ、
「俺は『3億年の修行』に耐えきり、1兆の敵をワンパンできるようになった稀代のスーパーヒーローだぞ。俺にかける言葉は、称賛と喝采。それ以外は思い浮かばない――というのがデフォルトでしかるべき。そうだろう?」
「なぜ、そこまで……」
アダムはバカじゃない。
センのクソみたいな演技に騙されることはない。
「シューリを殺してしまえば、楽になるのに……どうして……」
アダムは、センの強がりをシカトして、
自分が思ったことだけを口にする。
彼女は、いつだってそう。
自分の理念だけを追求する、厄介オタク気質の狂信者。
「なぜって……そりゃあ……」
そこで、センは言葉を探す。
彼女の疑問に対して、『何かしらの答えを出してみたい』と思ったから。
考えて、考えて、考えて、
その上で、センは、ポツリと、
「……ほしいものがあったから……」
本音の塊を吐き出した。
「それは……いったいなんでしょう? あなた様が望むものとは」
「……ヒーロー」
「ひ、ヒーロー……ですか? ヒーローがほしい? ……も、もうしわけありません。愚かな私では、主上様の言葉の真意がイマイチ分かりかねます」
そこで、センは、つらつらと、
「ピンチに颯爽と現れて、どんな問題も快刀乱麻に一刀両断。たとえ、どれほど苦しい状況に陥っても、『大丈夫だ、心配するな』って笑っていて、最後には必ず、すべての巨悪をぶっ飛ばし、最高の『めでたし、めでたし』を世界に刻み込む……」
「……」
「それが……俺のほしいもの……『ヒーロー』だよ……」
理想を口にすると、なぜだか、少しだけ楽になれた。
頭の中だけにとどめていた時は、
『曖昧にボンヤリしていたもの』が、
『口に出すこと』を『求められた』ことで、
『驚くほどハッキリとした輪郭』をもって、
センの心の中心に刻まれた。
(ああ……そうだ……俺はヒーローが欲しい……)
ぐつぐつと、沸き上がってくる。
どんな絶望を前にしても、
決して折れずに抗ってきた魂が、
今、センの中で、ハッキリとした器に形成されていく。
「……ヒーロー見参――」
それは虚勢。
もっと言えばただの『嘘』。
けれど、決して『薄っぺらな嘘』じゃない。
どんな時でも叫び続けると誓った覚悟の証。
そんな『センの覚悟』を受け止めたアダムは、
我慢できなくなったように、
センの顔を『自分の胸』に押し付けるようにして抱きしめる。
「な……なにを……」
急な状況に、動揺を隠せないセンに、
アダムは、
「……私は、あなた様の強さに惹かれました」
ゆっくりと、言葉を紡いでいく。
「力もそうですが、精神の強さに心底惹かれたのです。私も、ソウルゲートを使いました。たった6万年ですが……幾度となく、孤独と絶望に押しつぶされそうになりました。だから、分かるのです。あなた様の偉大さが。その尊さが」
「……俺は尊くないよ。ただ頑張っただけだ。バカみたいに……必死に……」
「よく、頑張りましたね」
「……っ」
「あなたはすごい。『全世界ナンバーツーのド根性』を持つ私が保証します。あなた様が積んできた努力は、間違いなく、全世界ナンバーワンです」




