最終話 画竜点睛。
最終話 画竜点睛。
――ザンクは、全身全霊をかけた。
『必死のおしゃべり』で時間をとことん稼ぎながら、とにかく、今の自分にできる全部を賭して、『完璧なコピー』をつくりあげた。
『バレないだろうか』と、かなり不安だったが、蝉原の態度を見る限り、問題はないだろう。
――ザンクは、この作戦を思いついた時、『本当に実行できるだろうか』という点でもかなり不安を感じていた。
『限りなく不可能に近い』というのが、ザンクの解答だった。
しかし、ザンクはやりとげた。
自分自身の壁を超えて、不可能の領域に足を踏み込んだ。
ここまで、ずっと『コピー能力』ばかりに注力してきたのが幸いした。
『産まれからして生粋の贋作の贋作』であり、
かつ、贋作の技能ばかり磨いてきたザンクは、
ついに、贋作の技能で、邪神を欺いてみせた。
(……蝉原に掴ませた『テラスのカケラのコピー』は、ほぼ本物と変わりない……いやぁ、しかし……俺、よく、あの短時間で、あれだけ精巧なニセモノがつくれたなぁ……人間の追いつめられた時の爆発力、エグいなぁ……)
火事場のクソ力で、潜在能力をフルで稼働させた。
その結果、成し得たのは、『ヤクザの神に贋作をつかませる』という偉業。
(まあ、これで終わりではないけど……というか、ここからが大変。回収できたのはカケラだけ……『大半が奪われとる』という事実に変わりはない……)
『センテラスをセンテラスたらしめるため』の『最も重要なピース』だけは、
どうにか、回収することに成功したのだが、
しかし、『それ以外のすべて』が、今もなお、蝉原の手の中にある。
だからこそ、騙せているというのが事実。
何もかもすべて贋作だったら、さすがに騙せない。
ザンクが回収し、コピーしたのは龍の瞳。
蝉原が奪っていったのは、文字通り、画竜点睛を欠くセンテラス。
『もっとも大事な部分』だけはザンクの手元に残った。
しかし、逆に言えば、それ以外の全部が奪われてしまっているということ。
『センテラスを完全に復活させるため』には、
蝉原から、『テラスの全て』を奪い取る必要がある。
(……必ず取り戻す……田中家の人間が有する、『パートナーに対する執着心』をナメんなよ……)
奥歯をかみしめて覚悟をかためる。
蝉原は、強大な邪悪。
膨大な力を持つ魔王。
全部わかった上で、ザンクは、立ち向かうと決めた。
その心意気は、まぎれもなく『勇者』の覚悟。
(ここから先は、下手に動けん。細心の注意を払う必要がある。蝉原にバレんように……確実に、蝉原の『裏』をかくために……)
ザンクは考える。
必死になって最善手を考える。
(テラスを救うためなら、俺は、何でもする。他の全部が死に絶えることになろうとも……ほかのすべてを失うことになろうとも……絶対に、俺は、テラスを取り戻す……)
バキバキの決意をかためていると、
その途中で、ふと、
(……しかし、まあ、ずいぶんと、『不自由』になったもんやなぁ……)
『しがらみだらけになった自分の現状』を想い、
じっとりとした自嘲がこぼれた。
(ちょっと前まで、あんなにも自由やったのに……今のザンクさんはどうや。義務と責務でがんじがらめ。まるで、嫁子供+家車のローンを抱えた、ブラック企業勤務の社畜のようやないか)
『そんなダルすぎる地獄を、自ら背負うやつらの気がしれない』――そう思って生きてきたが……実際、その立場になったザンクは思う。
(……こんなダルすぎる地獄を、自ら背負うやつの気がしれん。アホちゃうか、ホンマ)
と、心の中で、自分自身をバカにする。
『気が知れない』という部分に対しては、今も全く同じ感想。
事実、今も、『自分の選択』を、心の底から愚かだと思う。
頭が悪すぎる。
『何も考えずに十代で出来婚する』ような、そこらの馬鹿ヤンキーよりも愚か。
そう思うのだが、
しかし、
この、愚かしい荷物を棄てる気にはならなかった。
いますぐ棄てさった方が、遥かに合理的で楽になれる、
と、頭の中では、100%理解できているというのに、
『この荷物だけは、何があっても、絶対に棄ててやらねぇ』
と、心の奥底にある何かが叫んでいた。
(……厄介な話やで、ほんま……勘弁してほしいわ……)
最後に、心の中で、そうつぶやいてから、
ザンクは、この空間から抜け出した。
タナカ・イス・ザンクの、『本当の闘い』が始まる。