32話 私の全部を……
32話 私の全部を……
(いいようにされっぱなしなのは、単純に腹立つから、飽くなき反骨精神で、1001回目の絶望に向き合う。ただそれだけのこと。私が私のためにやっていること。昼に一杯コーヒーを飲むことを、『コーヒーは体に悪いから、やめろ』と言われても、『うるさい、こっちの勝手だ。一杯ぐらいなら、むしろ、ポリフェノールでアンチエイジングと美肌効果があるから、飲んだ方がいいまである』としか思わない)
ファントムトークが咲き乱れる。
どんな時でも、彼女は彼女で在り続ける。
『どうでもいい言葉を吐き散らす』という、
お決まりのテンプレを並べてから、
センテラスは、まっすぐな想いで、
(心配しなくていいよ、ザンク。私には、終着点が見えている。ここからは、私がやる。――だから、あんたは、後ろに控えて、のんびりミルクでも飲んでやがれ)
最後までテンプレ交じりに、そう言い捨てると、
テラスは、ザンクを押しのけて、
自分が意識の表層に出ていく。
いまだ、ありえない量の苦痛と絶望の中にいながら、
しかし、テラスは、奥歯をかみしめて我慢しながら、
まっすぐに、蝉原をにらみつけて、
「私はヒーローじゃない」
ぽつりと、
「ヒーローにはなり切れなかった、ただのみっともない器のカケラ……そもそも、ヒーローになんかなりたくないと思っている、一小市民に過ぎない」
言葉を並べていく。
「それでも……叫び続ける勇気を……」
覚悟だけで紡がれる言葉。
世界に対する明確な宣言。
「ぶっこわれて、ゆがんで、くさって……けど……それでも、なくさなかったものは、確かに、この胸の奥にある……」
ただの言葉じゃない。
これまでの全部をかみしめて吐き出す想い。
山ほどの地獄を見てきた。
そんな彼女でなければ構築できない羅列。
役職を与えられただけの記号では届かない世界。
テラスは、
「……」
――あえて『最後の言葉』を飲み込んだ。
ソコに在る『意味』を知っているのは彼女だけ。
それでいい。
それがいい。
「――いくぞ、蝉原。殺してやる」
堂々と言い放つ。
そんなテラスに、蝉原は、
「怖いねぇ」
そう言いながら両手を広げる。
「さあ、見せてくれ、閃くん。すべての力を失い、完全絶望状態になった君が、ここから、何をどうするのか」
ふざけたことを言い放つ蝉原に向かって、
テラスは、握りしめた拳を、蝉原の腹部に向かって放つ。
神の力も、オーラも魔力も失って、
カスッカスの搾りかすになった拳。
『8のカケラ』を手に入れて万全の状態になっている蝉原が、そんなものでダメージを受けるはずがない。
実際、蝉原にとどいた拳は、蝉原の視点では、『腹に、ただ触れた』というだけ。
まさしく、蚊が止まったようなもの。
血を吸えない蚊は、ただの羽虫だ。
「ただ触れただけにしか感じない。それで、何かがどうにかなるとでも?」
「……」
「どうしたのかな? 閃くん……何か、とっておきがあるのなら見せてくれ」
そんな蝉原の言葉に、
テラスは、ニコっと、太陽のように微笑んで、
蝉原の腹部に、拳をあてたまま、
「……私の全部を奉げる。これまでの全部を」