29話 閃はいつだって……
29話 閃はいつだって……
「――『閃くんの状態』と比べれば『てんで、たいしたことのない、そのしょっぱい衰弱』を、まるで、『ものすごく大きな絶望』みたいに大事に抱えて、うれしげに、うつむいてさぁ。まるで、『自分は世界で一番不幸だ』みたいな顔をして、楽しそうに『死にたそう』にまでしている始末。……ふだんの俺なら、君みたいな『情けない男』を見た時、小ばかにしながら鼻で笑うんだけど……ここまでくると、もはや、笑えないよね」
「……」
「まあ、でも、その罪は、君だけの荷物じゃないけれどね。この世界に存在するすべての生命が背負っている業だよ。誰もかれも、閃くんに守られていながら、そのことを、まったく理解していない。閃くんが、誰よりも苦しんでいるからこそ、のうのうと生きていられる――ということを、誰も知ろうともしていない。まあ、『配下』の連中は、一応、知る気はあるみたいだけれど、知ろうとしているだけのド素人。話にならない」
「……テラスが……」
ザンクは、必死になって、口を開く。
しゃべる気力などないのだが、
しかし、死力を尽くして、言葉を紡ぐ。
「……俺より……苦しんどる……って……マジ……?」
「君より苦しんでいるんじゃない。君の100万倍以上は苦しんでいる」
信じられなかった。
今のザンクは『何もできない状況』に陥っている。
しゃべることさえしんどくて、頭の中は、ほぼ真っ白。
『このまま死んでしまいたい』と本気で思ってしまうほど、
今のザンクは疲れ果てていた。
――そんなザンクに、
蝉原は、虫けらを見下す目をして、
「数字を大げさに盛っていると思う? 違うね。むしろ、『水商売をしている三十路の女』ばりに、かなり大胆なサバ読みをしている。正式な数字を言えば……189万倍ぐらいかな」
「……そ、そんな……様子は……」
ザンクの中に、テラスは存在している。
彼女の内面までは理解できないが、様子ぐらいは確認できる。
彼女も、自分と同じように、ほぼ動けない状態になっているようではあるが、しかし、はためには、そこまで、苦しんでいるようには見えない。
「閃くんが今、どれだけ苦しい状態か――それを、なぜ君が知らないか知っている? いや、まあ、知るわけがないんだけど。それを知っていたら、日本語の定義的におかしいしね。ま、それはともかく……優しい俺は、『その理由』を君に教えてあげるよ」
コホンとセキをはさんで、
「閃くんは、君をかばい、守ろうとしたことで、今の君の、100万倍以上辛い状態になっているわけだけれど、その上で、君の心を慮って、君にソレがバレないように必死になってごまかしているんだ」
「……」
「変態だよねぇ。ははは。震えるよ、本当に。イカれている。もはや、高潔とか、そういう話じゃないよね。ただの『やべぇ変態』だよ」
異次元の高潔さはもはや狂気。
彼女のワガママを理解できる人類など、たぶんいない。
『なぜ、そんなことを?』と尋ねれば、彼女は、
『自分なら耐えられるが、他者が耐えられるかどうか知らんから』
と、答えるだろう。
それが、彼女なりの『孤高』。
他人には決して理解できない、病的な高潔さ。
「君には知る権利があると思う。というより、知っておく義務があると、俺なんかは思うね。というわけで、少しだけ、君に、閃くんの辛さを見せてあげるよ。数秒だけ、トレースしてあげる」
そう言いながら右手に魔力を込める蝉原。
その途中で、
「……ん? はは……閃くんが『やめろ』って言っているよ。君がショック死することを恐れているみたいだ。こういう時、いつも思うよ。『自分はいいのかよ』ってさ。ははは」