102話 『生きる』という幻想に依存する。
102話 『生きる』という幻想に依存する。
「頼む、ヒーロー! 助けてくれぇえええ!」
この世界にヒーローが存在するか否か。
そんな、哲学的な問いはどうでもいい。
鉄火場においては、『ヒーローなんていない』と斜に構える余裕などない。
真っ裸でむき出しになっている今のザンクに、冷静な思考は期待できない。
「お願いやからぁああ! 助けてぇえ! 頼むぅうう!」
心の底から救いを求めるザンク。
そんな彼を見て、
サイアジは、
「それでいい」
満足げにうなずいてから、
「それが、『弱い命』のあるべき姿だ。みっともなく、命にすがりつく。生きていたところで、別に、何ができるわけでもないのに。死んだ方が楽になれるのに。それなのに、愚かしく、『生きる』という幻想に依存する。――それでいい」
そうつぶやくと、
ゆっくりとした歩調で、
ザンクの目の前まで歩き、
「とことん苦しんで、そして死ね」
そう言いながら、
サイアジは、ザンクの右足を踏みつぶす。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!」
『イタズラな領域外の牢獄に閉じ込められる前』は、
大きなダメージを受けて、つい、悲鳴を上げてしまうような時も、
奥歯をかみしめて、できるだけ『大きな声を出さないよう』に努めていた。
『戦闘中に、痛い痛いと、いつまでも叫んでいるのはスキをさらすだけのバカ』だし、
そもそも『イタイタイと叫び続けるのはみっともない』と考えていたから。
だが、今のザンクに、そんな『プライドのストッパー』は存在しない。
だから、決して、口を紡ぐことなく、
ひらすらに、痛みだけを叫びながら、のたうち回っている。
「ああああああああ! 痛い、痛い、痛いぃいい! 誰か助けて! 誰でもいいから助けて! お願いやからぁああ!」
『自力で助かるために頭を使う』という思考はすでに抜け落ちて、
ひたすらに、『助けてくれ』と叫ぶだけの壊れたテープレコーダーになる。
そんなザンクに、
サイアジは、容赦なく追撃の手を加える。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
痛みだけが永遠に続いていく。
慣れることはない。
鈍くて、鋭くて、重くて、ズキズキする。
そんな苦しみの中で、
ザンクは、『するどい恐怖』を通り越した先の『重たい怒り』を感じていた。
それは、理不尽と、不公平に対する憤怒。
「うぅう、うぅううう! な、なんで、レバーデインには助けがきたのに、俺には来んのやぁああ! ふざけんな、ちくしょぉおおおお!」
深い怒りの中に沈むザンク。
しかし、すぐに、
「――田中・イス・斬九。言っただろう。貴様はすでに役目を終えている。貴様が、これまで、多少は自由意志を許されていたのは、下地をつくるため。それ以外の理由はない。――もうすでに、あらかたの器は出来た。つまり、貴様の魂には、もう意味がない。無意味な魂に救いなどあるはずがない。あってはいけない」
サイアジの言葉が、脳の中を埋め尽くしていく。
サイアジは、ただの嫌味を口にしたのではない。
ずっと、ずっと、ずっと、丁寧に、ザンクの心を殺しにかかっている。