86話 聖主というハッタリの活用方法。
86話 聖主というハッタリの活用方法。
「表に出てこん人やからなぁ。ほんまにおるんかどうかも怪しいところやで」
そこで、『彼』は、モナルッポの耳元に、ソっと口を寄せて、
「あんま、おおっぴらには言えんけど、ほんまは、聖主なんて、おらんのとちゃうかなぁ、とワシなんかは思うとる」
「……と、言いますと?」
「どうやら、聖龍王国は、近々、他国に侵攻するみたいでな。その時に、『ウチのバックには強大な力を持った王が控えているぞぉ、怖いぞぉ』という威嚇として『聖主というハッタリ』を使うつもりなんちゃうかなぁ、とワシは思うとる。この国で一番強くて偉いんはバーチャ様やけど、聖主というハッタリをうまく使うために、二番手のフリをしとるんちゃうかなぁ、というんがワシの推測や」
「なるほど……」
返事をしつつ、頭の中で、
(セファイルのような『何も持たない国』が、『目に見えない強大な王』というハッタリをかますのは、意味のないバカ丸出しの虚勢でしかない。しかし、聖龍王国には、ランク20魔カードの量産体制と、バーチャという強大な戦力がいるため、そのハッタリに厚みが出てくる……)
『個』が『軍』に匹敵する世界において、
『強大な王』の存在価値は非常に大きい。
現代社会で言うところの『超性能核爆弾』のような立ち位置につくこともできる。
抑止力にもなるし、脅しの道具としても有能。
情報戦において、強大な力が『実際に存在するかどうか』はどうでもいい。
『実在するかもしれない』と少しでも思わせたら戦略的には勝利したと同義。
(エルメスを凌駕する『バーチャという強大な王』の誕生が、聖龍王国に革命を与えた。バーチャは、王になると同時に、各国へ侵攻することを決断する。その時、バーチャは、自分より上位の存在をにおわせるという作戦をとることにした。それが聖主という偶像。その効果は非常に大きい。実際、俺は翻弄されまくった。聖主という、目に見えない『大きな影』のせいで、『最善の計画』ではなく、『最悪よりはマシな計画』を練らざるをえなかった……)
『モナルッポがバーチャを一人で相手にする』というのは、正直なところ、あまりにも、無理のある計画だった。
無理のある計画は、軍に歪みをもたらす。
無理を通せば道理は引っ込むが、必ず、どこかで代償も生じる。
(聖主は存在しないと推定して動いた方がいいか……いや、しかし、もし、かりに、万が一、実在した場合……その推定で動くことは、あまりにもリスクが……)
と、そこで、モナルッポは、ハっとした顔で、奥歯をかみしめ、
(――この考え方自体が、すでにワナだな……戦争となれば、多くの命を背負って作戦をたてなくてはならない。『もしかしたら、聖主が存在するかもしれない』という現状がある以上、その可能性を除外して作戦をたてることはできない……むしろ、明確に『存在する』と断定してくれた方が、迷わずに済む分、楽ですらある……この先、ずっと、見えない影におびえ続けながら戦争を続けることは、精神衛生上、大きな問題がある……)