6話 君は強くなりすぎた。
6話 君は強くなりすぎた。
蝉原は、気付けば、涙を流していた。心が激烈に高揚している。
ぐんぐんと、感情が膨れ上がっているのを感じる。究極の芸術に心を撃ち抜かれた者の瞳。世界で一番美しい夕焼けでも見つめているかのような表情。
――蝉原は、
「は、はは……かっこいいなぁ……セン君は……間違いなく、疑いようがなく、君が、君こそが、全てを包み込む光……」
ただの言葉。
裏も、裏の裏もない、ただの感想。
ただ、ただ、美しいという想いに包み込まれる。
……そんな蝉原の言葉に対し、
センは、
「ただ、みっともなく、膨れ上がっただけだ。光がどうとか言われても挨拶に困るな」
そう言いながら、センは、
フッ……
――と、風雅に姿を消した。
一瞬で、蝉原との距離を詰めて、
蝉原の腹部に拳をそっとあてながら、
「閃拳」
そう呟くと、
蝉原の半分が爆散した。
きっちり半分。
半分しか削れなかったのではなく、
半分を削ったのである。
非常に丁寧な武。
一瞬でごっそりと削られた蝉原は、
「っ!! い、イビルノイズ・カンファ――」
反射的に、迎撃しようとして、
けれど、
「神速閃拳」
腹部に一撃。
『撫でられるように、肉を裂かれる』という、
生命としての『大きさの違い』を感じる『神一手』をいただき、技を使うどころの騒ぎではなくなる。
物理的なサイズは大差ない……というか、蝉原の方が、普通に背が高いのだけれど、しかし、『内在している実質的な大きさ』の方は、プランクトンとシロナガスクジラぐらいの差があった。
またごっそりと削られた、
と、頭が感じるのと同時、
芯の奥に鋭い痛みが響く。
「うっ……ぐ……っ」
「悲鳴をあげないのか。大したもんだよ、蝉原。俺なら泣き喚いている」
「な、なにを……したのかな? 回復魔法が使えないんだけれど。まさか、俺たちぐらい高次の存在同士の戦いで、ただのバラモウイルスってわけでもないだろうし」
「いや、ゴリゴリに、ただのバラモウイルスだ。今の俺にできる全開のバラモウイルスを拳に乗せて、お前の芯にぶち込んだ。全部で52発ほど」
「52? う、嘘だよ。一発しか殴られていないよ」
「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前の中ではな」
「……」
「わかっているぞ、蝉原。本当は、数十発殴られたことぐらいは気づいていたんだろ? だが、50以上だとは思っていなかった。せいぜい20ぐらいだろうと思っていた だが、その心の機微をそのままさとられるのはプライドが許さないから、『複数回殴られた』ということにさえ気づかない愚者を演じることで、逆ハッタリとして利用しようとしている。お前は本当に浅ましい。だが、その徹底した狡猾さ、弛まぬ必死さは、逆に好感が持てなくもない。逆ハッタリに対して、逆に好感を持つという、この支離滅裂なディストーションは――」
「いや、ごめん、セン君。普通に一発しか殴られていないとおもった」
「……」
「……」
「……それは、つまり……あれか? 俺が、あまりに強くなりすぎた……と、そういう感じのあれかな? もしかして」
「ああ、そうだよ、セン君。君は、あまりにも強くなりすぎた。もう、俺では、君の敵役は務まらない」