98話 蝉原の悪意は、こんなもので終わらない。
98話 蝉原の悪意は、こんなもので終わらない。
「お前がコントロールできるのって、『産まれついての純粋な悪人』だけじゃねぇの?」
「そんな変態はレアだよ、セン君。大概の悪人ってのは、後天的に形成される命の歪みの結晶。大概の人間は、心に天使と悪魔の両方を飼っている。違いなんて、どっちに揺れるかだけ」
(……悪『寄り』に『傾いただけ』の弱い命も、全てコントロールできる力……デビルマンズ・メイ・クライ……名前から何から、完璧な性能……そのチートをうまく使えば……本物の『理想郷』を実現できる……ゼノリカに属しているような『努力が出来る善人ども』なんざ、放っておいても、勝手に、しっかりやってくれる。……問題なのはゼノリカの外にいる連中。……悪に揺れてしまった命。……蝉原の力は……『世界の全て』を完璧にしうる可能性……)
「……さあ、セン君。ここからだ。俺はまだまだ膨らむよ。俺を止めない限り、俺は醜く膨らみ続けるからね」
蝉原の能力に関して、色々と考えていたセンだが、
いったん、その思考を横に置いて、
「……周囲を巻き込むのは、マジでやめない? そういうダルい展開は、精神的にキツいんすわ。というわけで、お願い、蝉原さん。この通り」
そんなセンの頼みなど完全にシカト。
蝉原の悪意は、容赦なく、世界に広まっていく。
「セン君。俺の『悪意』は、こんなもので終わらないよ。200兆年を積んだ君に対抗するには、この程度で終わってちゃいけないと思うんだ」
「いや、そろそろ、お腹いっぱいだ。だから、この辺で勘弁してくれ、蝉原さん」
「やめないよ、セン君。俺は止まらない。俺は、まだまだ膨らんで……正式に、君を超える」
「……うぜぇ野郎だ……しゃーねぇ。じゃあ、力技で止めてやるよ」
そう宣言すると、センは加速した。
先ほどまでよりも、はるかに重たい覚悟をもって、
蝉原を叩き潰そうと必死。
しかし、覚悟の総量では、蝉原も負けていないようで、
結局のところ、なかなかダメージを与えることすら出来ない。
普通に焦り始めたセンに、蝉原は、
「セン君……君には、『全ての命』に憎『悪を植え付けるための人柱』になってもらう。君の尊厳を生贄に、大量の悪人を生成する……」
そういうと、蝉原は、第二~第九アルファに存在する全ての命の意識(視界と聴覚)を、この空間に接続した。
今の蝉原ぐらいの、異常な魔力があれば、この程度のことは造作もない。
「……第二~第九アルファに生きる者たちよ。俺の声が聞こえているだろう? 聞こえているなら、目を閉じてみてくれ。どうだい? 目を閉じると、俺の姿が見えるだろう?」
全ての弱い命の耳と視界をジャックした蝉原は、
「――俺は蝉原勇吾と言う。他に並ぶものが存在しない究極の神だ。そして、今、まさに、私に殴りかかっている彼は、センエース」
蝉原が民衆に語りかけている間も、
センは、蝉原を! 殴るのを! やめないっ!
泥仕合の殺し合いを継続しつつも、
蝉原は民衆に語り掛ける。
そんなセンと蝉原の奇妙な様子を、世界中の人類が見つめている。
世界は広いので、目を閉じていないものも何人かいるが、その絶対数は極めて少ない。
大概の者は、目を閉じて、センと蝉原の殺し合いを見ている。
「俺のことはともかく、センエースを知っているものは多いだろう。君たちの王だ。実在すると知らなかったものも多いだろう? そして、信じていなかった者が大半だろう? 聖典教信者には朗報。無神論者諸君には凶報。センエースは実在する」
センは、蝉原に殴りかかるのをやめて、一旦距離をとってから、そっと目を閉じる。
すると、自分と蝉原を俯瞰で見ている映像がマブタの裏にうつし出されていた。
(クソ面倒くせぇ真似をしやがって……と普段の俺なら思うところだが……今の状況だと、おあつらえ向き。このゲームには必勝法がある! 俺だけが一人勝ちできる必勝法がなぁ!)
センが確認している間、蝉原は、民衆に話しかけ続ける。




