87話 200兆年。
87話 200兆年。
(……このバカ、もしかして 『50兆』ぐらい積んだんじゃ……)
『5兆の段階でもあり得ない数字なのに、その10倍なんてあり得るわけがない』と、心や理性では考えるのだけれども、『センエースという異常奇行種なら、そのあり得ない不可能を可能にしてしまうかもしれない』という、あまりにもイカれた疑心暗鬼に駆られてしまう。
『そんな疑心暗鬼は、誇大被害妄想だ』
『いくらなんでも50兆はありえない』
理性が叫ぶ。
魂魄の芯が震えているのがわかる。
――蝉原は、
「…………セン君」
「あん?」
「君は……」
そこで、言葉が詰まった。
己の臆病さに辟易しながらも、
しかし、蝉原は、最後の一歩を踏み出せずにいる。
聞くのが怖い。
確定させるのが怖い。
地獄のような結果を受け止める勇気が出ない。
ウジウジしていると、
そこでセンが、
「俺がどうした?」
急かしてくる。
センは『焦らされている』と思っているが、決してそうではない。
「……ぐっ」
蝉原は、一度、ギュっと目を閉じて、
深呼吸挟んでから、
「君は、その美しさを得るために、いったい、何年積んだのかな?」
「なんだよ。改めて、ここで自慢させてくれるのか? 随分と気前がいいじゃねぇか。いや、お前がそんなことするわけねぇな。となると、ははーん。お前、俺の数字の半分を積んだことを、改めて自慢するための踏み台として、俺を利用する気だな? くっくっく。相変わらず、クソミソ狡猾な野郎だ。いいだろう。その徹底した自己中心ぶりに敬意を表し、お前の掌の上で踊ってやるよ」
と、決め顔で、ぐちゃぐちゃと、間違ったことをほざき散らかした後で、
センは、堂々と、
「俺が積んだ時間は、200兆年だ」
そう言い切った。
蝉原の脳は、しばらくの間、
『センエースの言葉を理解するコト』ができなかった。
「に……ひゃく……」
むかしむかし、
ずっと昔、
蝉原は、
『命の王センエースは200億年を積んだ』
と言う話を聞きました。
その時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。
とてもすごい衝撃でした。
けど、今、蝉原は、
あの時とは比べ物にならない衝撃を受けています。
あの時は、わずかも理解ができませんでした。
けど、今は、ほんの少しだけですが、凄さが理解できるのです。
センエースが何を成したのか、
その重さが、世界で一番理解できる自信がありました。
ほんの少し理解できるだけでも、世界一を誇れるほど異常な記録。
センエースは、蝉原が想像していたよりも尊い存在だったようです。
だから、
……だから……
「……ソル……」
蝉原はうつむいて、
まるで、ケンカ中の小学生が親を呼ぶみたいな声音で、
「聞こえているだろう……来てくれ……ソル……」
要請にしたがい、ソルは、蝉原の背後に現れる。
そして、何も言わずに、じっと、蝉原の背中を眺めていた。
……蝉原は、少し時間をかけて慎重に言葉を選ぶ。
いいたいことは腐るほどあった。
言ってやりたいこと、詰問したいこと、なじりたいこと、吐き捨てたい文句、
山ほど浮かんでくる、非生産的なソレらを、根性だけで切り捨てる蝉原。
……センエースと比べれば、蝉原が積んだものは小さいが、
しかし、事実として、蝉原は、3兆年を積んでいる。
その事実だけはレプリカじゃない。
本物と呼ぶのは、やはり、さすがにおこがましいかもしれないけれど、
でも、決して、ただのゴミではないのだ。
だから、蝉原は、
――折れずに奥歯をかみしめることが出来た。
絶望と恐怖と畏敬と心酔と憧憬と崇拝と独占欲と、
そういう、あまりにも複雑な感情を、
全部、まるごと、ギュっと胸の前で抱きしめて、
「俺の全部を棄てて、お前の全部を使えば……ちょっとくらいは……センエースの敵になれるかな?」




