最終回 ほしいものがあったから。
最終回 ほしいものがあったから。
「……随分と堕ちとるな。今回は何回目?」
「2975億回を超えている。年数で言えば、5兆5500億年以上」
「そうなんや……すごいな。『もしかして2周目の途中かなぁ』とか、ナメた予想しとったんやけど、それどころやなかった。えぐい延長しまくってるやん」
『きっと、本当なのだろう』と心が理解した。
だから、素直に、言葉が出てきた。
凄い、と心の底から思った。
田中は、何も理解できていない『今の自分』では、かける言葉が見当たらないと思ったのか、しばらく黙って、記憶が入ってくるのを待った。
数秒が経過して、
記憶を回収できたところで、
田中は、
「……ほんまにすごいな。6周目完走間近やないか。まあ、完走するまで、あと500億年あるけど……でも、もう、ここまできたら500億ぐらいは『端数扱い』してもええやろ。『百里を行く者は九十を半ばとす』という言葉があるけど、センの場合は、すでに百里のゴールを超えて、ウイニングランを、五百里分、無駄にやっとるだけやから」
などと、感想をつぶやいてから、
色々と、頭の中で言葉を組み立てて、
「セン」
声をかけた。
センは田中の方を見ない。
小さく自分を抱きしめて震えているだけ。
距離的に間違いなく聞こえてはいるはずなので、
田中は、センの反応を待たずに、
「もう十分や。お前はもうシュブに勝てる。それ以上はやらんでええ。このまま、シュブを倒し、ハッピーエンドといこうやないか」
と、優しい声をかけた。
「お前はようやった。すごい男や。お前以上の超人はこの世におらん。お前こそ、真の三国無双よ」
と、センを称賛するが、
センは動かない。
自分を抱きしめたまま、ただ震えているだけ。
「辛いんは、よくわかった。そら、辛いやろ。6兆年近く、ずっと、ずっと、山ほどの地獄を抱えて……ほんまに、よぉやった。痛みに耐えて、よく頑張った。感動した」
「……」
「というわけで、さっそくシュブ討伐の準備を開始しようやぁないか。今のお前やったら、楽勝や。問題なく勝てる。ラスボスをサクっと倒して、エンディングを迎えよう。お前が望んだトゥルーエンドは、もうすぐそこにある」
「……ヒーロー……」
「ん? なんかいうた? ごめん、聞こえんかった。なんて?」
「……見参……」
「……」
田中は押し黙った。
言葉を見失う。
現状に対する理解が追い付かない。
今、この瞬間ほど、『センエースという概念が、まったく理解できない』と思ったことはない。
「いや、勝てるで? マジで。シュブぐらいやったら。今のお前やったら、もう問題なく。……もっと言うたら、3兆年ぐらい前の段階で、既に勝ててたで。せやから――」
「……ほしいものがあった……」
「……」
「……どうしても……ほしいものが……あったんだ……」
「今のお前なら、全部、手に入れられる。その権利がある。お前は、そのぐらい頑張った。『お前が、この世の全てを手に入れること』を認めんヤツはこの世におらん。お前が全てを手に入れることに文句を言うやつがおったら、ワシがぶっ飛ばす」
「……輝く明日を……守れる力が……どうしても、ほしかった……」
「……」
「……俺は、まだ持っていない……」
そこで、センは、自分を抱きしめるのをやめた。
体はまだ震えている。
目からは涙がポロポロとこぼれている。
『田中の前で、みっともない姿はみせたくない』……とか、そんなことを考えていられる余裕はなかった。
とにかく、必死の本音だけで、自分を支えるしかなかった。
――センは、
「……まだ、足りない……すべての絶望を、『確実』にブチ殺せるだけの力には……届いていない……ぜんぜん……届いていない……7は未完成、8にもなれていない、3の鍛錬も不十分……もし、全部そろっている敵が現れたら……今の俺じゃ勝てない……ここで折れた俺じゃ……勝てない……」
「……」
「……『命の王』を名乗るってのは……『絶対に守ってあげる』という、すべての命に対する約束だ……」
「……」
「……俺は命の王だ」
「……」
「だから、折れない」
ぶっ壊れて、歪んで、腐って、
それでもなくさなかったものが、
そこにあった。
「――ヒーロー見参――」
ヒーローを騙るのは、王を騙るのと同じ。
『絶対に守ってあげる』という誓い。
センエースは前を見る。
どれだけ辛くても、前を見る。
そうやって生きていくと決めた誓いをレプリカにしないために、
大事なもの、全部を、確実に、完全に、完璧に守りきるために、
――センエースは、最後の500億年と向き合う。




