21話 ゲロはきそうだぜ。
21話 ゲロはきそうだぜ。
普通なら、『休む』という選択肢をとって、どうにか対処しようとするのだが、今のセンに、それは出来ない。
なぜなら、なんとなく気づいているから。
――この絶望すらも、糧であるということに。
『休まずに戦い続ける』『負荷を上げ続ける』という地獄を土台にすることで、獲得できる経験値に、ボーナスがついている。
そう言う風に『体感で理解』しているセンは、そのボーナスのために、体からのSOSを、あえて徹底的にシカトし続ける。
『全部を投げ出す覚悟』があるなら、
『逃げだす』という選択肢も取れるのだが、
覚悟を決めてしまった以上、背を向けることは出来ない。
これは、ルールどうこうではなく、性格の問題。
ブラック企業に勤めている者の感性に近い。
何も背負っていないなら、逃げ出せばいいのだが、
彼には家族がいる。
それも、一人や二人ではない。
山ほどいる家族全員を養うためには、えげつない額を稼ぐ必要がある。
――だから、どれだけ労働環境が劣悪でも逃げ出せない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
自分の中の弱さが、必死になって、センエースの魂を、下へ下へと、引きずり込もうとしている。
『今日ぐらいは休んでいいんじゃない?』
『もういいんじゃんない?』
『十分がんばったよ』
『もう、これ以上は過剰だよ』
『誰も望んでいないよ』
『配下の連中も、ここまで苦しんでいるお前を見たくないんじゃない?』
無数の『頑張らなくていい理由』が濁流のように、センの心に襲い掛かってくる。
『シュブも、ヨグと同じで、たぶん、理解があるよ』
『もう十分強くなったから、これからの地獄は乗り越えられるよ』
『下手に、頑張りすぎて、体を壊したら、もとも子もないよ』
『大丈夫。もう十分、やってきたよ』
『だから、もう、おやすみ』
無数の『諦めていい理由』があふれて弾ける。
普通の人間なら、これだけ、大量に、『やらなくていい理由』を並べられたら、心が折れる。
北風と太陽。
センは、北風と太陽の両方から、えげつない即死コンボを喰らっている状態。
もっと言えば『暴力的な若手と、諭すベテラン』みたいなもの。
アメとムチの両方で、心を揺さぶっていくスタイル。
人間の心理を理解し尽くした、悪魔の手法で、
どうにか、センの心を砕こうと必死な『イタズラな領域外の牢獄』。
『もう、大丈夫』
『どうせ、田中がどうにかしてくれる』
『休んだっていいんだ』
『大丈夫、配下の連中も、だいぶ強くなったし』
『全員で挑めば、どんな困難も乗り越えられるさ』
『お前だけが苦しむ必要はないだろう?』
『みんなで、ハードルを乗り越えていこう』
『一人で苦しむ必要はないんだ』
『みんな、わかってくれる』
『仲間との結束が世界を救う』
『絆の力を信じて』
『つながる心が、僕らのパワーだ』
見せかけだけの綺麗な言葉。
膨れ上がっていく、その『丁寧な弱さ』を前にして、
センは、
「ゲロ吐きそうだぜ……」
怒りを顔面に刻み込んでから、
「年齢的に『洗脳系の教育番組』なんざ見てられねぇんだよ。……『幼少期の暴力性を矯正する目的』なら、まだ分かるが、実年齢的には、オッサンを超えて、老人を超えて、後期高齢を超えて、仙人を超えて、神を超えて、神の王にまで至った、この俺に、幼児向けの『矯正メッセージ』をかましてくるとか、どんな羞恥プレイだ……」




