3話 命の華が萌ゆる。
3話 命の華が萌ゆる。
(ちょっとだけ、見えてきた……か?)
田中との殺し合いの中で、センは『田中の呼吸』を掴み始めてきていた。それは、同時に、自分の呼吸が客観的に見えてきたということでもあった。殺し合いの中で共鳴していく。田中を深く理解していくセンエース
田中は、センから武を学習している。
それが最も効率がいいとの判断から。
つまり、センにとっての田中は、鏡。
田中は、センエースの道標たり得た。
センは、口と感情ではごちゃごちゃ言いながらも、しかし、理性と肉体では、田中の全部を教科書にしていた。
そして、写経のように、自分の魂魄へと、丁寧に、田中の武を書き写していく。
『センの武を清書した田中』をセンが写経する。
――そんな、非常に生産性の高い好循環研鑽の日々を、センエースは、繰り返していく。
★
――センエースに『才能』はない。
だが、『病的に、地獄を繰り返すことができる』という『際立って奇異な特質』を持つ。
何度でも言う。
これは、決して生まれつきの資質などではない。
ただのイカれた根性。
ただただ、『辛い』のを必死に我慢して、向き合い続けているだけ。
決して、『辛いことを我慢できる能力』を持っているワケではない。
――頭の奥ではずっと『もうやめて、あなたのライフはとっくに0よ』と、『まともな自分』が叫んでいる。
これを叫んでいるのは、決して『弱い自分』ではない。
『まともな自分』が、『マジでもう無理だからやめとけ』と、ずっとわめいている。
けれど、センは、そんな魂の叫びをガン無視して、ただ、愚かに頑張り続ける。
その『頭おかしい努力』が、
イカれた狂気と真摯さと責任感が、
ここにきて、流石に、ようやく、開花し始める。
(心技体のディティールと解像度が上がっていく)
視界が広くなって、今まで見えていなかった細部が明瞭になっていく。
心の鮮度が尖っていく。
震えるほどに煮えていく。
(……飽いてしまった虚無の間隙で……命の華が萌ゆる……)
決して、『悟り』なんかじゃない。
そんな、高尚な言葉は似合わない。
どこまでいっても、単なる人間失格。
そうであり続けたいという強い願望。
貪欲。
嫉妬。
愚痴。
穢れの中で見つけた輝き。
ドブネズミやゴキブリの美しさ。
写真には、きっと写らない。
それでいい。
それがいい。
(七転び八起き……三歩進んで二歩下がる……ドタバタ、ドタバタ……躁鬱の乱高下を、一歩ずつ確実に積み重ねて……たどり着いた修羅の空……)
夢うつつの肺腑をえぐり、寸志を提示する。
法悦の境界線を越えて、忘我の快哉を叫ぶ。
拘泥する執心を、あえて墨守する唯我独尊。
『義侠心』などと安く括るのはやめにして、
古拙な小説に蕩れるような幽遠さを慇懃に、
謹厳な精髄を刺す、憔悴必至の省察を綴る。
(……まだ道の途中……まだまだ道の途中……ゴールを見失った旅路は、おそろしく無意味な我慢比べ……サウナでいくら我慢したって、生産性という点では完全に無意味……本当にそうか? ……いや、違うね。……脳のゴミが押し流されて、間接的に、生産性があがる。……無意味なことなんて、この世にはない……いや、あるな……暴走族は無意味な害悪だ。少年法とかも害悪でしかない。……あれ? なんの話だったっけ? 忘れた……)
フロー状態に届いていながら、
まるで、夢の中にいるみたいに、
無意味な思考が矢継ぎ早に弾けて飛んで、
――そんなことを繰り返した果てに、
センは、
「……真醒・裏閃流奥義……」
『田中の武』の中核に触れる。
「――閃拳――」
軽く触れただけ、右手を田中の腹に添えただけ、歩くような速度で。
なのに、センの拳は、
田中の腹部を木っ端みじんに吹き飛ばした。




