第2第4水曜日は月のゴミの日
その島は、南の方にあった。観光名所などは一切なく、海岸線に面する場所にロケット発射場があるだけだった。
発射場にセットされたロケットから、ノスタルジックな音楽が流れ出ていた。作業用ロボットが詰め込み作業をしている合図だ。定刻までにきっちりと作業を終わらせる。
3、2、1、0。唸るような轟音を響き渡らせながら、ロケットは炎を噴射させて上昇し、あっという間に空の彼方へ消えていった。
ロケットは宇宙空間を飛び、約38万キロメートル離れた月へ向かっていた。
昨年、各国の首脳が一堂に会した国際会議で、地球のゴミ問題について協議がなされた。
どこの国も人口増加や経済発展に伴い、ゴミの量が増える一方だった。ゴミを処理するにしても、廃棄物処理は温室効果ガスを排出するので、地球温暖化に繋がってしまう。
そして地球の環境を守るため、『ゴミ』を月に運ぶことが決定された。地球にとって不必要なものは、地球外に出してしまおうという事だ。
当初批判的な声が多く聞こえた。人間にとって月は一番身近な星であり、特別な存在だ。古来より信仰の対象として崇められたり、言い伝えや神話なども多く存在し、また暦として日々の暮らしに大切な役割を果たしてきた。それになにより、夜空に浮かぶ月に人間はどれほど魅了されてきた事か。
だからといって地球よりも月の方が大事かといえば、そうではない。今ゴミを始末しなければ、地球は取り返しの無い事になってしまう。これは地球を守るために取った苦肉の策だと、多くの者は理解していた。批判的な声があがったのは一時的で、すぐにおさまった。
第2第4水曜日は月のゴミの日となった。月にゴミを出すのだから、月曜日の方が分かりやすかったが、誰が決めたのか水曜日となった。水曜日の午前9時までに、ロケット発射場の前に設置してあるゴミ集積所にゴミを出さなくてはならない。ゴミの種類は、産業廃棄物、放射性廃棄物、感染性廃棄物と決められていた。しかし中には、おおやけに出来ない死体、何十年も何兆円も費やしたのに完成しなかったリニアモーターカー、使い勝手が悪いと不評だった二千円札の束なんかもあった。徐々に一般家庭のゴミも増え出し、要は何でも捨てられた。
数年で月面はゴミでいっぱいになった。ただ地球から眺める分には、何の変化もなかった。高性能の天体望遠鏡を使わない限り、肉眼ではゴミは見えなかった。夜空には、前となんら変わらない美しい月が輝いていた。だけど月面にゴミがいっぱいあると思うと、人間は月を余り見なくなった。見ても魅了されるような事はなくなった。
一方地球は、月にゴミを押し付けた事で、綺麗になっていった。ゴミ問題の出口が見えて、人間の心は穏やかになった。ただ月から眺める分には、何の変化もなかった。夜空には、前となんら変わらない、美しい地球が輝いていた。だけど作業用ロボットは、プログラムされた仕事をこなすだけで、地球など見向きもしなかった。
さらに数十年が過ぎた。月面はますますゴミでいっぱいになった。ただ地球から眺める分には、何の変化もなかった。夜空には、相変わらず美しい月が輝いていた。だけど人間は月を見る事はなくなった。
一方地球は、ますます美しさを取り戻し、海や空が以前にくらべて、青く澄んだように見え、山や森林に緑が溢れ返っていた。人間は美しい地球に満足していたが、少し暇を持て余していた。ただ月から眺める分には、何の変化もなかった。夜空には、相変わらず美しい地球が輝いていた。だけど作業用ロボットは、プログラムされた仕事をこなすだけで、地球など見向きもしなかった。
さらに数十年が過ぎた。月面はどこもかしこもゴミで溢れ返り、足の踏み場もないほどであった。ただ地球から眺める分には、何の変化もなかった。夜空には美しい月が輝いていた。だけど人間は月の事をすっかり忘れ去っていた。
一方地球は、どこもかしこも自然で溢れ返り、美しい風景が広がっていた。しかし人間は、ゴミ問題が解決したことで欲深くなっていた。ある国と対立するある国が、領土を広げようと争いを始めた。どちらの国も強気で引く気はない。溝は深まっていき、ついに武力行使に出た。第三次世界大戦が勃発した。こんな日の為に両国は、秘密裏に原子爆弾の研究、製造、蓄積を進めていた。いくら放射性廃棄物を出しても、月に捨ててしまえばいいと、安心して研究が続けられたのだった。
そして領土紛争に勝利するため、こぞって原子爆弾を投下した。そんな事をすれば、新たな領土を手にするどころか、従来の領土まで失ってしまう事になるとも知らずに。
数年が過ぎた。月面は依然としてゴミで溢れ返っていた。ただ月から眺める地球には、変化があった。夜空には、もう美しい地球は浮かんではいなかった。だけど作業用ロボットは、プログラムされた仕事をこなすだけで、地球がどうなろうが知ったことではなかった。
地球にとって不必要なものは、ゴミではなかったようだ。
終