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後日談 氷麗の卵②


「ローズ、まだ起きていたのかい? 先に休んでくれていてもーー」


 よかったのに。


 不自然に途切れた言葉に硬直する。ギギギ……と軋む首を回せば、ポカンと口を開けたシリウスと目が合った。


「ーーっ!!??」


(み、見られちゃったああああーーっ!! どどどどうしよう、こんな恥ずかしい格好、何馬鹿なことしてるんだコイツって呆れられたらどうしようーーっ!!)

 

「ちちち違うんです、シリウスっ!! こ、これにはその、深いわけがあって……っ!!」


 羞恥心で全身が沸騰しそうだ。夜着から卵を出そうにも、手を離すとおっことしてしまう。どうにもできず抱きかかえているうちに、シリウスの様子がおかしいことに気がついた。どうやら呆れているのとは違うようで、彼は酷く蒼ざめた表情のまま、ツカツカと歩み寄ってきた。


「誰だ……?」


「だ、誰って、一体なんの話ーーきゃあっ!?」


 問答無用で横抱きにされ、寝台の上に押し倒される。


 ビリビリと肌を震わせる怒気。掴まれた腕の痛みに、信じられないと目を見開く。


 こんな乱暴な真似はされたことがない。それだけ怒っているのだろうが、その原因がわからない。それに、普段の彼ならたとえ怒りを感じていたとしても、私に対してその感情を露わにすることはないはずだ。


「ち、ちょっと待ってください、シリウス! 誰って、なんの話をしてるんですか!?」


「君をそんな姿にした相手は誰だと聞いているんだ……っ!!」


 吐き捨てるように尋ねる彼に、普段の冷静さは微塵もない。視線も私を睨んでいるようで、どこか遠い。どうやら、怒りのあまり我を忘れてしまっているようだ。


「タチの悪い呪いか!? それとも魔法を使って無理矢理孕まされたのか……!? どちらにせよ、僕の愛しい君をこんな目に遭わせたのだ。相手の男は生かしてはおけない……いや、死すら与えてやるものか! 神経を直に引き裂き、五臓六腑を魔物に貪り喰わせる拷問を与えながら、無限に再生させ続け未来永劫尽きぬ苦しみと絶望を味合わせてやる……っ!!」


「シリウス!! 発想が闇堕ちしてる上に、魔王っぽくなってますよ! もうっ、違うんですってば! 私はただ、卵をあたためたかっただけなんです。孵化させたら、シリウスがびっくりするかなと思って!」


「卵……?」


「はい。それで、とりあえずネグリジェの中に抱えてみたんですよ」


「……」


 シリウスは無言のまま身を起こし、寝台横の封印器を見た。


 あらためて、私のお腹に目を落とす。


「ーーーーっっ!!」


 そして、盛大に吹き出した。


「そんなに笑わなくったっていいじゃないですか!! 私の前世の世界では、妊娠した妻の苦労を知るために、パートナーがお腹に重りをつけて妊娠体験をするんですからね!!」


「あはははっ!! ごめんごめん、君があまりにも可愛らしいことをするから。ーー妻の苦労を知る、か。それは良い文化だね」


 ひとしきり笑っていた彼だが、ふいに熱のこもった視線をじっと私に向けた。掴まれていた腕が放され、優しく手のひらを握りしめられる。


「シリウス?」


「すまない、ローズ……僕としたことが、仕事に没頭するあまり、君の望みに気づくことができなかった。君はこんなにも、僕のことを求めていてくれていたのに」


「……はい?」


「愛しいローズ。清らかな蕾のままの君も美しいが、どうか今宵、僕の腕の中であでやかに咲き誇ってくれないか……?」


「蕾……? 咲き誇る……??」


 意味をとらえかねる私に、シリウスはただただ甘い笑顔を浮かべる。洋燈の放つ金の光の輪に、薄い唇が濡れたように光る。覆いかぶさるほどに、キラキラと肩からこぼれる銀糸の髪。わずかに紅潮した頬ーーその、あまりの色香に見とれていたら、こころなしか胸元が軽くなった。見ると、シュルリとリボンが解かれている。


(んなあーーーーっっ!?)


 瞬間、言われたことの意味を理解した。


「ち、ちちちょっと!? ちょっと待ってください、シリウス!! だ、だだだ駄目ですよっ!! だって、まだ式を挙げてもいないのにっ!!」


「僕は花嫁に純潔を強いる気はないよ? 華を散らす相手が僕でさえあればいい。君が求めてくれるなら、いくらだって応じよう」


 蕩けるような低音で囁かれながら、ちゅっ、ちゅっ、と軽いバードキスを頬や額に落とされていく。乱暴に唇を奪われたわけでもないのに、それだけでもう力が入らない。優しく繋がれた手のひら、サラサラと前髪を撫でていく指。触れられる場所のすべてが心地良い。腕の中に抱きしめられると、泣きそうなくらいに安心する。湧きあがる幸福感に、頭がフワフワしてなにも考えられなくなっていく。


「っ、ふ、うぅ……っ!」


 ーーようやく気がついた。


 すべては巧妙な罠だったのだ。


 これまでの優しい添い寝や甘い睦言は、このときのための下準備。毎夜毎夜、繰り返し刷り込まれた条件反射により、無意識のうちに抵抗する意志を奪われてしまっている。今の自分は蜘蛛の巣に囚われた蝶だ。自由を奪われ、毒を打たれ、あとは食べられるのを待つだけーー



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