後日談 氷麗の卵①
完結後のマリンローズ、シリウスロッドの後日談です。
★R15まではいかないと思いますが、寝室でのお話ですので、苦手な方はご閲覧をお控えください。
「……シリウスったら、まだ帰って来ないのね」
無理をしていないといいけど。
誰にともなく呟きながら、何度目かも知れない寝返りを打つ。
キングサイズよりも遥かに大きな天蓋付きの寝台は、一人寝をするにはあまりにも広すぎて落ち着かない。無理矢理に目を閉じて眠ろうとしても、空虚な寂しさが募るばかりだ。
最近、シリウスの帰りが遅い。
魔王の復活時に崩壊してしまった〝いにしえの遺跡〟の魔法壁の修復作業が、思うように進んでいないのだ。原因ははっきりしている。王宮魔法士長であるシリウスが〝魔王〟という名の聖獣を失ってしまったせいで、魔法を使うことができなくなってしまったからだ。
もちろん、一時的なもので、なにかの理由で聖獣の加護を失ってしまっても、その魔法士を気に入った他の聖獣が現れれば、また新たな加護を授かることができる。
それまで療養を、といくら部下の宮廷魔法士たちが勧めても、壊したのは自分なのだから責任を取らねばと、シリウスはより強力な結界壁の設計を進めると同時に、魔法大国ドラゴニアをはじめとする各国の優秀な魔法士たちに協力を仰いでいるのだ。
私が手伝えればよかったのに……。
シーツの上に落とす嘆息は重い。私に加護を与える天雷の聖獣は、攻撃系の魔法は大得意だが、反対に、防御系は大の苦手なのだ。攻撃は最大の防御だという極論を地でいっているような聖獣なのである。
「今夜は帰れないかもしれないから、先に休んでいてくれと言われたけれど……こうも寝付けないとは思わなかったわ」
帰りが遅いといえど、普段は寝入るまでには帰ってきてくれるのだ。こうして一人で寝るのは久しぶりだった。私邸で暮らしていた頃は気にかけたこともなかったのに、子供のように寂しさを感じてしまっている自分がなんとも恥ずかしい。
寝台をともにしているといっても、無体な真似はされていない。私が病み上がりであることを気遣ってか、シリウスはどこまでも優しくて紳士的だ。毎夜、母親のように添い寝をし、私が寝入るまで手を握ってくれる。イチャつくこともあるが、せいぜい耳どころか脳の髄まで蕩けそうな睦言を魅惑の低音美ボイスで囁きながら、頬や額にバードキスを落とされる程度だ。
最初の方こそ恥ずかしさのあまり固まってしまったが、何日も繰り返されるうちに、不思議とそうされることに安心感を覚えるようになった。今では文字通り、ベタンベタンのドロっドロに甘えさせられている。
(あんな恥ずかしいこと、絶対に慣れっこないと思っていたのに……シリウスがいないと安心して寝られなくなってるなんて、習慣って恐ろしいわ)
一向に訪れない睡魔に諦めをつけ、身を起こし、ベッドサイドの洋燈を灯した。そのとき、寝台のかたわらに置かれた丸いものに目が止まった。
ひと抱えもある大きな卵だ。色は薄氷を思わせる蒼で、銀の鳥籠を模した封印器の中に安置されている。
なんの卵なのかはわからない。魔王が消え去った後、シリウスの手の中に忽然と現れたのだという。邪悪な気配はしないが得体が知れないので、彼は宮廷魔法士たちに命じて王宮の地下に封印の間を設け、封印した。
ーーが、しかし、次の日の朝。私邸の寝室で目覚めたシリウスの枕元に、卵が鎮座していたのだ。
その後、何度封印し直しても結果は同じだった。同じことを五回繰り返した後、流石の彼も諦めて、今ではこうして寝室に鳥籠を模した封印器を設け、厳重に保管している次第である。
「そもそも、この卵はどうしてシリウスの側にいたがるのかしら……?」
(魔王の卵……ではないと思うんだけど。シリウスの言う通り、感じる気配が全然違うし)
考え始めたら、気になって仕方がなくなってしまった。「ええい、ものは試しよ!」と、封印器から卵を取り出してみることにする。
雷撃の魔法は破壊することに長けている。シリウスならともかく、宮廷魔法士たちが施した封印程度、解くのは簡単だった。
卵はヒヤリと冷たく、すっぽりと抱え込める大きさだ。
耳を当てると、微かになにかが動くような音がする。
「そうだ! 試しにこのまま一晩あたためてみようかしら。もしかしたら、孵るかもしれないわ!」
シリウスが帰ってきたら、さぞびっくりすることだろう。
そうと決まれば早速と、絹製の寝着をたくしあげて、卵をお腹のあたりに詰め込んでみる。この世界では、女性の夜着はネグリジェと呼ばれるワンピースタイプが主流だ。純白のレース地に貝釦が並び、胸元には綺麗なリボンがあしらわれている。鏡の前に立つと、妊娠していた頃のアンジェリカを思い出した。
「これでよしっと! ……赤ちゃんができたらこんな感じなのかしら。足元が全然見えなくて、歩くのが怖いわ。アンジェリカったら、よくこの状態で仕事を続けていたわね」
婚約は済ませたが、挙式は春だ。生徒たちの卒業式を終えた後、みんなを招いてゆっくりと挙げられたらと思っている。
「この世界の貴族の女性って、そもそも定職につくのは稀だし、結婚したら有無を言わさず家庭に入れられちゃうのよね。ーーでも、シリウスはそのまま教師を続けていいって言ってくれたし、安心だわ!」
私も頑張らなくっちゃ! と気合いを入れたそのとき、前触れもなく寝室の扉が開いた。




