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エピローグ②


「そんなのいやあああーーっ!?」


 絶叫とともに、ガタン、と大きく地面が揺れた。傾きかけた身体を、誰かの腕が抱き止めてくれる。激しい馬のいななき声に、ハッと目が覚めた。


「……あ、あれ?」


 視界に飛び込んできた意外な景色に、ぱちぱちと瞬きをする。

 

 どうやら、自分は馬車の中にいるようだ。金の装飾が美しいこの馬車は、国賓を迎える際に使用される王宮専用の馬車のはず。どうして私が、と記憶をたどるが思い出せない。


 窓の外を見やれば、白い雪に飾られた王都の街並みが流れていく。降りしきる雪片が、夢で見た桜の花びらに似ていると思っていたら、その光景を端正な面立ちに遮られた。


 シリウスロッド・フレースヴェルグ。


 純白を基調に、白銀の薔薇の刺繍で彩られた盛装姿の彼は、モノクルを着けてはいなかった。冴えたアイスブルーの双眸で、心配気に私を見つめてくる。


「大丈夫かい? 酷く魘されていたようだが」


「シリウス、兄様……シリウス兄様!! お、お願いしますっ! 私の可愛さが3しかなくても嫌いにならないでください! 今からでも必死に上げますから! バッドエンドだけは嫌あああっ!!」


「バッドエンド?」


 握り締められた手を両手でギュッと握り返すと、彼はちょっと目を丸くして、そのままくすくすと笑い出した。


「〝シリウス兄様〟か……! 君にそう呼ばれるのは久しぶりだね。どうやら、僕のプリンセスはまだ夢の中にいるようだ。ーー愛しい〝ローズ〟、僕が君を嫌いになるわけがないだろう?」


「え……っ?」


 ローズ、と囁かれた甘い響きが、ある記憶を思い起こさせる。


 マリンローズの名前の由来となった、ローズマリヌスという花の名前のことだ。マリヌスは海、ローズには雫という意味がある。だから、これからは私のことをローズと呼びたいのだと申し入れられた。


 マリンローズと成海しずく、二人に共通する愛称として。


「私……思い出しました……。シリウス、心配かけてごめんなさい。おかしな夢を見たせいで、寝ぼけてしまったみたい」


「構わないよ。魂の融合には、体力的にも精神的にも負担がかかる。その負荷が、夢として現れたのだろう」


 結われた髪を乱さないよう、そっと頭を撫でていく手のひら。


 穏やかなシリウスの声に耳を傾けるうちに、ぼんやりと霞んでいた記憶がはっきりとしてくる。


 魔王を討伐し、魂だけの存在となってしまった成海しずくが、マリンローズの身体に戻された後。私は何日も意識を失ってしまったらしい。目を覚ましたときにはフレースヴェルグ邸にいて、シリウスをはじめ、王国屈指の回復魔法士やら、王族専属医やらの手厚い治療を受けていた。


 外傷こそなかったが、大魔法の行使による精神疲労が凄まじかったようで、目覚めてからも食事と休養をくりかえす日々が続いた。その間、シリウスはほとんど寝ずに看病してくれた。本当はお兄様も寝ていなければならないのにと、シルヴィアに呆れられながら。


 アンジェリカや生徒たちも、毎日交代で見舞いに来てくれた。


 おかげで、今では体力も魔力もすっかり回復している。ときどき、さっきの夢のように記憶が混ざって混乱することがあるけれど。


「本当に大丈夫かい? 気分がすぐれないようなら、無理をしてパーティーに出席しなくても構わないのだよ?」


「大丈夫ですよ! パーティー…… 魔王を討伐し、世界を救済した英雄たちを讃えるパーティーですよね。ちゃんと覚えてます。それに、今日のためにシリウスが贈ってくれたこのドレスも着て行きたいですし」


 純白に白銀の薔薇が刺繍されたこのドレスは、シリウスの盛装と対になっている。仕立てたのはもちろんシルヴィアだ。髪に挿された髪飾りは彼女とお揃いの白銀の鷲。左手薬指に嵌めた婚約指輪も、同じモチーフだ。白銀の鷲はフレースヴェルグ家の象徴であり、指輪として身につけることができるのは当主とその妻だけなのだと、贈られたときに教わった。


 指輪には、シリウスの瞳の色に良く似た色合いの青琥珀ブルーアゲートがあしらわれている。


 あの幻の浜辺で拾った石にそっくりの一粒を、先日、療養目的で訪れた彼の領地の浜辺で拾ったのだ。


 薬指に光る蒼が綺麗で見つめていたら、シリウスの手のひらが重なった。


「ありがとう。では、お言葉に甘えてエスコートさせていただくよ。僕の愛しいプリンセス」


「は、恥ずかしいですから……っ!! 生徒たちの前では、言わないでくださいね?」


 真っ赤になって訴える私の頬に、シリウスは楽しげに笑ってキスを落とした。


 



 

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