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エピローグ①


 満開の、桜の花が咲いている。


 御影敷きの歩道。校門までまっすぐにのびる桜色のトンネルを、私はどこか懐かしい思いで見上げていた。


 行き過ぎる生徒たちは、誇らしげな面持ちで前を向いている。シワひとつなく丁寧にアイロンがけされた制服に、雪のように舞い落ちる花弁。


 ああ、これはきっと卒業式の光景だ。


 ぼんやりとした頭でそう理解したとき、私を呼ぶ声が鼓膜を打った。


 見ると、二人の教え子たちが校門の前で嬉しそうに手を振っている。


「成海先生ーー!! 早く来てくださいよ!」


「急がないと、卒業式が始まっちゃいますよ!」


 天野めぐみ、氷鷹麗。


 〝祝 卒業式〟と記された看板の隣に立つ彼女たちの姿を見た瞬間、なぜだか涙があふれた。


 ずっとずっと、この光景を見たかった。

 

 そんな想いに、苦しいほどに胸が締めつけられる。


「待って……! 今行くから……!!」


 泣きながら駆け出すのに、二人の少女は先に行きますよ、と笑いながら踵を返してしまう。


 私は必死に彼女たちの背中を追いかけていくーーだが、途端に強い春風が巻き起こり、一面の花吹雪が視界を埋めた。かまわず駆け抜けるが、しかし、たどり着いたのは校門の前ではなく、純白の花を咲かせた巨木の下だった。


「ここは……まさか、精霊の樹?」


 乱れてしまった呼吸を整えるうち、いつのまにか、自身の姿が成海しずくでなくマリンローズになっていることに気がついた。


 二つの記憶が酷く交錯しているーーいや、記憶というよりも、あれは願望だ。成海しずくが望んでいた、たった一つの幸せな光景。


「……だとしたら、これは夢のようなものなのかしら」


 不思議な感覚だった。


 記憶や感情が混ざりすぎて、自分自身が成海しずくなのか、マリンローズなのかがはっきりしない。


 二つの人格の境界線が、前よりもずっとあやふやになっている。


 ーーただ、ハラハラと雪のように降りしきる白い花弁を見つめるうちに、プリプリのラストシーンを思い出した。


 この精霊の樹の下で将来を誓い合った二人は、永遠に幸せになれるという伝説があるのだ。卒業式の後、その伝説に憧れてこの樹の下にたたずむヒロインのもとに、めでたくトゥルーエンドを迎えた攻略キャラクターが現れてプロポーズする。ヒロインはそれを受け入れ、二人は結ばれるのだ。


「それなら、私の場合はシリウスロッドと……? い、いいえ、あり得ないわ。そもそも私はヒロインじゃないんだから、そんなイベント起こりっこないもの」


「マリンローズ先生、ここにおられたのですね」


 凛とした声に振り向くと、いつからそこにいたのか、美しい騎士服姿のレオンハルトが立っていた。純白の絹地に華やかな金の刺繍が施されたその衣装は、新プリのソフトの表紙絵そのものだ。


 まさかこの目で実物を見られるとは思っていなくて、感激のあまり目頭が熱くなる。


「レオンハルトくん! その衣装、すごく素敵ね。とっても似合っているわ……!!」


「お褒めに預かり、光栄です。マリンローズ先生……実は、ずっと貴女に伝えたいことがあったのです。どうか、シリウスロッド・フレースヴェルグ公爵との縁談を破棄していただきたい」


「え……っ?」


 宝石のような碧い瞳がまっすぐにこちらを見つめている。その奥に、師への尊敬とは異なる恋慕の情が揺らめいていることに気がついた私は、ただただ狼狽えた。


 ス、とその場にひざまずく彼。


「敬愛するーーいいえ、愛するマリンローズ・メルリーヌ。これからは、生徒としてではなく一人の男として私のことを見てください。どうか、私の妻となり、アストレイア王国の国母として、ともにこの国を支えていただきたい」


「ち、ちちちょーーっと待ちなさいっ!! いきなりどうしちゃったの、レオンハルトくん! 貴方には婚約者のシルヴィアさんがいるでしょうが!!」


「そうですわっ!! 黙って聞いていれば勝手なことを仰らないでくださいまし!!」


 ガサッと背後の茂みを突き破り、猛然と現れたのはシルヴィアだ。まさか、今のを聞かれていたのかと蒼白になる。嫉妬深い彼女のこと、愛する婚約者が私に気があると知ったら、どんな手段に出るかわからない。ここは冷静に説得をーーと、なだめに入ろうとした私の言葉を、言語道断とばかりに彼女はぶった切った。


「マリンローズ先生はわたくしのお姉様になるのです!! レオンハルト様になど、絶対に渡しませんわ!!」


「そっち!?」


「……それなら、僕がマリンローズ先生にプロポーズするよ」


 穏やかな、しかし内容的にとんでもないセリフに振り向くと、淡い青磁色の、流水柄の絹衣を纏ったセオドールが微笑んでいた。


「セ、セオドールくん!? 貴方までなにを言い出すの!?」


「……だって、マリンローズ先生はボクの【好感度】を200にしたじゃないか。それって、ボクとトゥルーエンドを迎えたいってことでしょう?」


「そそそそれはバッドエンドを回避したかったからでーー」


「待て、セオドール!! 抜け駆けは許さねぇ。【好感度】なら俺も200だ! 子ウサギちゃんにプロポーズするのはこの俺だっ!!」


「お兄様ファイトですわ! わたくしも、マリンローズ先生の妹になりたいです!!」


 笑顔で迫るセオドールを押し退けて、アルベルトとプリシラが爆弾発言とともに詰め寄せる。


「ち、ちょっと待ってみんな!! おおお、おち、落ち着きなさいっ!!」


「落ち着いている場合ではありませんっ!!」


「そうですわ!! 一体誰とトゥルーエンドを迎えるのか、この場でハッキリさせるべきです!!」


「……ボクだよね!?」


「俺だろう!?」


「マリンローズ先生、早くお決めになってください!!」


「そ、そう言われても、私にはシリウスロッドという最推しが……っ! ーーあっ!! アンジェリカ!!」


 我も我もと詰め寄せる生徒たちの向こうに、ピンクのワンピース姿のアンジェリカが見えた。地獄に仏とはまさにこのことだと、死にものぐるいで彼等の間をかいくぐり、ワンピースの裾にすがりつく。


「アンジェリカ、助けて!! みんなの気持ちは嬉しいけれど、結婚なんてできないわよーーっ!!」


「師匠? なーんだ、それなら大丈夫ですよ!」


 アンジェリカは泣きすがる私の手を握りしめ、キラキラと輝く笑顔を浮かべる。


 ーーそして、悪夢のような一言を口にした。


「師匠のパラメータは可愛さが3しかありませんから、誰ともトゥルーエンドは迎えられませんよ!」


「ーーへ?」




 

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