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十一章⑧


 ツンとそっぽを向き、傲慢に言い放つマリンローズをシリウスロッドは不思議な思いで見つめていた。フレースヴェルグ家主催のパーティーは殊に華やかなことで有名だ。令嬢ならば誰しも心待ちにする晴れの場で、誰とも踊ってもらえないどころか、相手に逃げだされてしまうとは。


 心の傷の一つも負うのが当然だろうに、目の前の少女はどうでもいいと言ってのける。


 いつしか、彼は彼女に自分自身の姿を重ねて見ていた。


「君は、悲しくはないの……? 普通の令嬢に生まれていれば、恐れられることはなかったのに」


「畏怖されるということは、それだけ私が優れているということよ。悲しいどころか、私は私の力を誇りに思っているわ! この力は王を支え、民を守るためのもの。誰にも成し得ないことを成すための力なのだから。私はね、いつかおじいさまの跡を継いで王国最強の魔法士になるの!!」


「ーーっ!?」


 ーー王国最強の魔法士。


 その言葉が、シリウスロッドの心に力強く響いた。


 天窓から降りそそぐ陽光の中で、宝石のような琥珀色の瞳がキラキラと光っている。


 その輝きが、とても綺麗だと思った。


 マリンローズ・メルリーヌ。


 天から降り落ちた雷光のように、まばゆく、強い女性ひと


 ふ、と小さく微笑み、シリウスロッドは立ち上がる。そいして初めて、琥珀色の瞳をひたと覗きこんだ。


「王国最強の魔法士か……かっこいいね。僕にもなれるかな?」


「なれるわけないじゃない。王国最強の魔法士は、この国の魔法士の最高位である宮廷魔法士長のことよ。宮廷魔法士長になるのは、私なんだから!」


「そうか。それじゃあ、マリンローズ。僕達はライバルだね」


「ライバル?」


「そうだよ。僕も、君に負けないほどの魔法士になる。この身に宿る力を使いこなして、いつか、誇りに思えるように」


 君のように、僕もなりたい。


 愛しい、愛しい僕のマリンローズ……。


 心の中に芽生えたその想いが、悲しみに冷えていた身体を温めていく。


 シリウスロッドは、このとき初めて恋をしたのだ。


 彼の中にいる私がそう気づいた途端、白薔薇の庭園の景色ごと、マリンローズの姿も、シリウスロッドの身体も、そのすべてが幻のようにかき消えてしまった。


 後に残されたのは私ーースーツ姿の成海しずくだけ。


 霧の立ちこめる空間に、立ち尽くしている。


「い……今のは、シリウス兄様の記憶よね? でも、おかしいわ。マリンローズにあんな記憶はなかったのに……、ーーっまさか!? 彼が毎日のように白薔薇を送ってくれたり、あの庭園で婚約を結んだのは、このことを思い出して欲しかったからなんじゃないの!? なんて一途な兄様なのかしら!! こんなのもう、絶対に助けるしかないじゃない!!」


「ーーその必要はないよ」


 両手を握りしめ、気合に燃える私の背後で声がした。


 驚いてふりむくと、夜会のときの盛装を着たシリウス兄様が、穏やかな表情で立っている。


 その姿を見た途端、頭の中に、膨大な情報が流れ込んできた。


「な、にこれ……っ、う、あ……っ!?」


 あまりの情報量に眩暈がした。よろけた身体を、柔らかな腕に抱きとめられる。


「大丈夫かい? 君と僕の魂は、〝魔王〟の中で融合している。だから、互いに記憶を共有しているのだよ。……僕も、君の記憶を見た。〝成海しずく〟ーーまさか、マリンローズの前世だとは。シルヴィアの誕生日以降、僕に対する態度が急変したのは、君が彼女の中にいたからなのだね?」


「ーーっ!? な、なん、なん、そ……!!」


 全部、バレてる……っ!!


 しかも、これまでの記憶を共有しているということは、彼のことをシリウス兄様と呼んでいたことも、勝手に運命の推しにしていたことも、端正なお顔を間近で見たり耳元で囁かれたときに、内心で雄叫びをあげながらガッツポーズしていたことも、すべて知られてしまったということだ。


 ザアッと血の気を引かせる私を抱きとめたまま、シリウス兄様はちょっと困った風に微笑んだ。


「そんなに怯えないで、愛しい人。騙したなどと怒るつもりはないよ。愛する人の前世にまで愛されるだなんて、喜ばしいことこの上ない」


「ち、違います! 私だけじゃないですよ、マリンローズだって貴方のことを愛しているんです!! あの白薔薇の庭で婚約の書類にサインしたのは、彼女の意思なんですから!!」


 大慌てで弁解する私に、シリウス兄様のアイスブルーの瞳が丸くなる。そして、すぐに蕩けるような微笑みになった。


「ありがとう。君は、本当に心優しい女性だね。ーーだからこそ、君を犠牲にして僕だけが助かるわけにはいかないのだよ」


「……っ!」


 なぜそのことを、と聞くまでもない。記憶を共有しているのだから、私が〝魔王〟と融合した目的を、彼が知らないわけがなかった。


 マリンローズを助けたときと同じ方法で、シリウス兄様のことも救いたい。


 この身がどうなろうと、私はそれを成し得たかった。


「マリンローズから魂を抜きとり、ともに〝魔王〟と融合したとき。それまで僕を縛っていた〝なにか〟が断ち切れたのを感じた。おそらく、君がシナリオと呼んでいたものだろう。僕の役割はあそこで終わってしまったから、まるで呪縛が解けるように、柔軟な思考ができるようになったのだ。今はただ、後悔しているよ……君たちが必死で変えようとしてくれていた凄惨な運命を、僕が現実のものにしてしまった」


「さ、流石はシリウス兄様……記憶を共有するだけでなく、もうそこまで理解していらっしゃるんですね。ーーでも、それなら話は早いです。マリンローズの中にいたときのように〝魔王〟の魔力を利用して、もう一度、あの魔法を成功させてみせます。そうすれば、貴方を助けられる。マリンローズと結ばれて、どうか幸せになってください! きっと、私はそのために彼女の中に蘇ったんですから!」



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