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十一章⑤


 核心をついた口調に、皆の間に動揺が走る。マリンローズの表情は崩れないが、頭上に渦巻く暗雲の合間に閃光がひらめくのを、さとい彼は見逃さなかった。


「図星なのですね? それでは前世の貴女が取った行動と同じではないですか! 貴女は私たちにとって、かけがえのない恩師だ。失うわけには参りません!」


「……かけがえのない恩師ですって?」


 レオンハルトの言葉は誠実で、実直だった。これまで彼が持っていた二面性などかなぐり捨て、ただマリンローズを救いたい一心を伝えるための言葉。だが、そんな彼に対してマリンローズが漏らしたのは、吐き捨てるような嘲笑だった。


「違うわ。貴方たちが恩師と慕っていたのは、〝成海しずく〟よ!! フレースヴェルグ邸でのパーティーの最中、突然、私の心の中に飛び込んできた彼女ーー前世に教え子たちを庇い、命を落とした私の意識。混乱した私は朦朧として、その隙に、〝成海しずく〟の意識に主導権を握られてしまったの! 貴方たちが授業をボイコットしたときだって、出来損ないは放っておけと私は言ったわ! でも、彼女はそうしなかった。徹夜で〝宿題のプリント〟を作って、根気強く声をかけ続けた。セオドール・ドラゴニア、貴方を部屋から引きずり出したのも、アルベルト・ベオウルフを秘境の魔物から救ったのも、プリシラ姫への嫌がらせの犯人を突き止めたのも、貴方やシルヴィア・フレースヴェルグの心を開いたのだって、全部、彼女がしたことなのよっ!! 私は……私には、なにもできなか……、っ!」


 できなかった、という言葉が、氷のように凍てついた彼女の表情を溶かした。言葉の続きは嗚咽に変わり、琥珀色の双眸が涙に濡れていく。はらはらとこぼれ落ちる雫をそのままに、彼女は静かに首をふった。


「……いいえ、できなかったんじゃないわ。なにもしなかったのよ。私は憎んでばかりだった。宮廷魔法士長の座を奪ったシリウスロッドのことも、追いやられるように就いた教師という仕事のことも……でも、成海しずくは違ったの。彼女は自分が教師であることに誇りを持っていた。生徒たちと触れ合い、心を通わせて、その成長を見守る楽しさをーー生きがいを教えてくれた」


「……」


「貴方たちに必要な〝先生〟は、彼女なのよ。私はこれまでの過ちを正すため、彼女を助けて国を救う。せめて、この国最強の魔法士として、〝魔王〟を倒して勤めを果たしてみせるーー蘇った彼女はシリウスロッドと結ばれて、今度こそ、貴方たちと幸せな卒業式を迎えるのよ。とても素敵なエンディングじゃない」


 「だから、これでいいのよ」ふわり、と花の蕾が綻ぶようにマリンローズは微笑んだ。


 誇らしげに、幸せそうに。卒業式で、生徒たちを送り出す先生そのものの、温かく優しい笑顔ーーその瞬間、奇妙なことが起きた。


 彼女と対峙するレオンハルトの身体から、眩いばかりの金色の光が溢れ出したのだ。


 その不思議な光景に、アンジェリカの脳裏に、前世の記憶が蘇った。


 そうだ、確かこれは、【好感度】のパラメータが最大値に達したときのエフェクトーー


「マリンローズ先生!! 貴女の生徒を見くびらないでいただきたい!!」


 レオンハルトは宝石のごとき碧い双眸で、まっすぐにマリンローズを見つめ声を張った。


「私たちが恩師と慕っていたのは、間違いなく貴女です!! なぜならば、元異世界の住人である〝成海しずく〟に、これまでのことを成し得るのはありえないからだ!!」


「なん、ですって……?」


「簡単なことです! 先程、ご自身でも仰っておられたではありませんか。魔法の存在しない世界から転生したアンジェリカは、魔法の知識をろくに持っていないと。〝成海しずく〟も、同じ世界の出身なのでしょう? しかし、以前に貴女が教室に作成されていた〝宿題のプリント〟。あれは、魔法学に精通している者でなければ、絶対に作れない内容だった!つまり、〝成海しずく〟には不可能なのです!」


「ーーっ! そ、それは、アイツがどうしても作るって聞かないから、仕方なく、必要な知識を提供しただけよ!!」


『……それって、〝彼女と一緒に作った〟ということだよね?』


 澄んだ紅眼を光らせ、セオドールが言葉を継ぐ。


 気がつけば、それまで黙って様子を見守っていたセオドール、アルベルト、シルヴィア、プリシラの身体からも、金色の光が溢れ出していた。


『……マリンローズ先生。ボクのことだって同じだ。部屋の前に張った結界壁を消し飛ばしたり、〝わらび餅〟の材料であるセイントウォータースライムを倒すことができたのは、先生の助力があったからでしょう?』


「高位の雷撃魔法で、ブラックホーネットの群れを薙ぎ払ったのもアンタ自身の力だ! あんなにも強大な力を暴走させることなく正確に制御することの難しさは、誰よりも俺が良く知ってる! 一朝一夕では絶対に身につかない。気の遠くなるような鍛錬を積み重ねてきたはずだ! 〝なにもしなかった〟なんて言わせねぇ!!」


「わたくしへの嫌がらせの一件もです! 精霊に関する深い見解がなければ、犯人を見つけ出すことはできませんでした!!」


「サマーパーティー用のドレスの件についてもそうですわ! 各国の文化に関する深い知識がなければ、到底考えつくアイデアではありませんもの!!」


 金色の光はますます強まり、アンジェリカが目をすがめたとき。彼等の頭上に、黄金に輝くパラメータが燦然と現れた。


 印された【好感度】は、200(最大値)だ。


「マリンローズ先生! 貴女はーー貴女方は、お二人の力で私たちを導いてくださいました! 前世の貴女も、今の貴女も、私たちの大切な〝先生〟です!! どちらの先生も失うわけにはいきません!!」




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