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十一章④


「マリンローズ先生……」


 彼女の叫びは怒りであると同時に、切実な願いであるように思えた。マリンローズは身体を支えていたアンジェリカたちを押しのけ、なにを思ったか、天馬の背から飛び降りる。


 しかし、落下することなく空中に浮かんだ。


 その姿に誰もが驚愕するーー宙に浮かんだことにではなく、変貌した彼女の姿に対して。金色に弾ける無数の雷を発しながら、真珠色に輝く角が、マリンローズの額からまっすぐに伸びたのだ。さらに、金の鱗に包まれた竜の尾が、レース織のドレスの裾からスルリ、とのぞく。


 竜化したセオドールが、紅眼を戦慄わななかせた。


『…… その姿は……! そうか、先生もドラゴニアの竜人族と同じなんだ。雷の聖獣は、金色の鱗をもつ一角の魔竜ドラゴンだと言われている。《天竜の宝玉》と呼ばれるその依代は、先生の魂だ。だから、それが本来の姿なんだね……!』


「ええ。ーーでも、この姿を人前に晒すのは初めてよ。幼い頃、聖獣を召喚して以来、ずっと力を抑えて本当の姿を隠してきた。このことは両親すらも知らないわ。化け物だと家を追い出されるのは御免だったから」


 自嘲的な笑みが痛々しかった。国家有数の魔法士であるマリンローズは、その力の強大さ故に畏怖されている。アンジェリカたちは、彼女を化け物などと思ったことはないが、醜い嫉妬心から、そういう陰言を囁く人間がいることは知っている。マリンローズがこの姿を晒せば、化け物扱いされるのは避けられないだろう。人間ひとの家系に竜人が産まれることなど、万に一つもあり得ないことなのだから。


 ーーああ、だからこそ二人は惹かれあったのね、とアンジェリカは理解した。


 両親にさえ打ち明けられない秘密を抱え、不安と孤独の中を生きてきたマリンローズ。


 それは、魔王の半身を封じられて生きてきたシリウスロッドの境遇に、とてもよく似ているのだ。


 ゲームのシナリオに忠実ならば、二人は国中が知る犬猿の仲。まかり間違っても婚約を結ぶことなどあり得ない。


 しかし、この世界では違う。そんなシナリオは開始早々、成海しずくがぶち壊してしまったからだ。結果、成海しずくは運命の推し(シリウスロッド)に一目惚れをし、マリンローズは彼女の行動を通して、彼の抱える苦しみを知った。


 そして、同じ苦しみを抱くものとして、純粋に惹かれていったのだろう。


 それは、シリウスロッドも同じだったのではないだろうか。


「マリンローズ先生。あの、公爵様は、本当に先生のことをーー」


「アンジェリカ。今すぐに、生徒たちを連れてここを離れるのよ。復活した魔王は今でこそ未熟だけど、臍の緒からおびただしい魔素が吸い上げられているわ。完全体に育つのも時間の問題よ」


 吹きつける冷気に薄絹を翻しながら、マリンローズは振り向きもせずに言い放った。

 

 その言葉の意味するところに、アンジェリカの胸がサッと冷たくなる。


「離れろってーーまさか、たった一人で魔王と戦うつもりですか!? そんなことはさせません!! なんのために、わたしたちがここに来たと思ってるんですか!!」


「落ち着きなさい。あの馬鹿……成海しずくは、私を助けたのと同じ方法で、シリウスロッドのことも助けるつもりなのよ。〝魔王〟は聖獣である特性上、依代がなければ存在できない。今は、シリウスロッドの身体を依代にしている。彼を奪われれば、実態を保っていられなくなるはず。その好機を逃すわけにはいかないわ。必ず、私の力でほふってみせる」


「なら、わたしも一緒に戦わせてください! やっと聖女の力に目覚めることができたんです。この力があれば、〝魔王〟だってーー」


「足手まといだと言っているのがわからないの? アンジェリカ、貴女は〝成海しずく〟と同じ、魔法が存在しない異世界からの転生者。たとえ、聖女の力に目覚めようと、魔法の知識もろくに持たない者が、〝魔王〟と渡り合えるはずがないわ」


「……っ!」


 冷厳な、抜き身の刃のような言葉の厳しさに、アンジェリカは唇を噛み締めた。


 どんなに罵倒されようが、けっして引いてはいけないと心が叫んでいる。


 ここで彼女を残していけば、絶対に、取り返しのつかないことになる。


 しかし、悔しいことに、マリンローズの言う通りだった。転生者の自分は魔法の知識に乏しく、聖女としても覚醒したばかり。力の扱い方だってろくにわからない。


 覚悟を決めたマリンローズを説得し得る言葉が、どう探しても見つからなかった。


「アンジェリカ、ここは私に」


 途方に暮れたとき、温かなてのひらが肩に触れた。


 レオンハルトだ。任せておけと微笑んで、彼は硝子のように澄んだ碧い瞳をマリンローズへと静かに差し向けた。


「たしかに、〝魔王〟の復活は不完全かもしれません。しかし、その力は未知数です。戦力を減らすのは得策ではありません。それでも、貴女が私たちを遠ざけようとするのは魔王と戦うためではなく、別の目的があるからではありませんか?」


「なんですって……?」


「貴女ほどの魔法士です。特殊な状況下といえども、ご自身が行使した魔法(・・・・・・・・・・)なら再現できるはず。前世の貴女が公爵を救い出した瞬間に、同じ〝自己犠牲の大魔法〟を行使して、彼女を助けるつもりではないのですか」



 

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