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十一章③


「師匠! 目を覚ましてください、師匠っ!!」


 彼女を包んでいた金色の魔法障壁は、アンジェリカたちが駆けつけるとともにフワリと弾けた。おそらく、マリンローズに加護を与えている雷の聖獣が彼女を守っていたのだろうとセオドール。


 宙に浮いたままの身体を皆で受け止め、その名を何度も、何度も呼ぶ。外傷は見当たらないものの顔色は蒼白で、頬はやつれ、背中を支えれば指にすぐ背骨があたるほど痩せている。


 攫われてから今まで、ろくに物を食べていなかったのだろう。


 しかし、確かに息はある。


『マリンローズ先生! お願いだから、目を覚ましてよ……!!』


「アンタは泣く子も黙る〝天雷の魔女〟だろうが! こんなところでくたばるタマじゃないはずだぜ、子ウサギちゃん……っ!!」


「そうです! これで終わりだなんて、私は信じませんよ!!」


「このわたくしにここまでさせておいて、無事じゃないだなんて許しませんわ!!」


「しっかりしてください! マリンローズ先生!!」


 セオドール、アルベルト、レオンハルト、シルヴィア、プリシラが必死に声をかけるうち、それまで硬く閉じられていた瞼が微かに震えた。


 乾ききっていた唇が開き、ううん、と呻き声が漏れる。


「師匠……! よかった、ご無事だったんですね……!」


 アンジェリカの瞳から、安堵のあまり大粒の涙が溢れた。たまらずに抱きしめると、絹のドレス越しに規則正しい鼓動の音が伝わってくる。


 やはり、彼女は無事だったのだ。行動力のある彼女のこと、隙を見て公爵のもとから逃げ出したのだろう。だからこそ、魔王の復活は不完全であり、胎児という未熟な状態で顕現してしまった。


 マリンローズは琥珀色の双眸をゆっくりと開くと、皆の顔を不思議そうに見回した。

 

「アンジェリカ……それに、貴方達も……どうしてここに……」


「師匠が公爵に攫われたことを、この子たちが教えてくれたんです! その他の事情も、すべてこの天馬ーー聖女の聖獣が教えてくれました! 信じられないかもしれないですけど、二人は私の娘たちなんです。そして……」


『成海先生!! 前世のあなたに命を救われた、教え子の〝天野めぐみ〟と〝氷鷹麗〟です!! わたしたちも、ママや成海先生と同じように、この世界に転生したの!』


『成海先生、ごめんなさい……っ!! 私たちのせいで、先生の命を奪ってしまって、本当にごめんなさい……!!』


 栗色の巻毛の少女〝天野めぐみ〟と、癖のない金髪の少女〝氷鷹麗〟が、泣きじゃくりながらマリンローズの胸に飛びこんだ。謝罪と感謝の言葉を繰り返す二人に、アンジェリカは眦に溜まった涙をぬぐう。


 前世で命を救った教え子たちに、来世でふたたび巡り会うなんて。まさに、奇跡としか言いようのない再会だ。


 マリンローズもさぞ喜ぶことだろうーーだが、彼女は腕の中の双子たちを思案気な顔で見つめ続けるばかりで、なにも言おうとしなかった。


「師匠……?」


 すぐに信じられないのも無理はないとアンジェリカは思ったが、同時に違和感も感じた。


 今までの彼女なら、状況を理解するしないにかかわらず、教え子たちとの再会を素直に喜んだはずだ。


 やがて、マリンローズは苦しげに眉を顰め、ため息を吐き出した。


「そう。貴女たちがあいつの……残念だけど、〝先生〟違いよ」


『えっ?』


『どういう意味ですか……?』


「〝自分を犠牲に他者を助ける魔法〟。ありとあらゆる魔法法則を無視した、奇跡とも呼べる無茶苦茶な大魔法を自力で生み出すだなんてね……馬鹿なのか天才か、どちらかにして欲しいわ」


 双子の問いには答えず、マリンローズは頬にずれ落ちていた眼鏡をかけ直し、天を遮る魔王の胎児を見据えた。


 その横顔の冷たさに、アンジェリカの感じる違和感は増していく。


 ーー彼女は、誰だ?


「ーーっ! ま、さか、貴女は、〝マリンローズ先生〟ですか!? 師匠が話していた、自分の中にいるもう一人の自分……前世の〝成海しずく〟でなく、現世の〝マリンローズ・メルリーヌ〟!」


「……ええ、そうよ。飲み込みが早くて助かるわ」


 落ち着いた素振りで言い、彼女ーーマリンローズは風で乱れた前髪を耳の後ろへ払った。


「魔王の復活には《天龍の宝玉》と呼ばれる、マリンローズの魂が必要だった。でも、前世の記憶を取り戻したせいで、どういうわけか私の魂は真っ二つに分かれてしまっていた。だから、シリウスロッドに魂を奪われる寸前、あいつは私を突き飛ばした(・・・・・・)のよ。アマノメグミ、ヒダカレイ。貴女達を助けた瞬間のイメージを魔法に応用させて、自分の身を犠牲にして私を助けたんだわ」


『そんな……!』


『そ、それじゃあ、成海先生の魂は魔王と融合してしまったんですか……!?』


「おそらくね。ガッカリしたでしょう? 貴女たちが助けたかったのは〝成海しずく〟であって、〝マリンローズ()〟じゃない。そんなこと、はなから分かりきってるはずなのに……あの、馬鹿前世ーーっ!!」


 まっすぐに、魔王の胎児を見据えて、マリンローズは腹の底から怒鳴りつけた。怒りの波動は雷の火花となり、彼女を取り巻きながらバチバチと弾ける。


「善人ぶらずに、私を人柱にすればよかったのよ!! 自分が犠牲になれば他人を救えるだなんて、そんなの一生もののトラウマと罪悪感を相手に背負わせるだけ。独りよがりの偽善、ただの傲慢だわ!! 成海しずく、アンタはアンタの自己犠牲のせいで命を落として、ようやく望む世界に生まれ変わったんでしょうが!! なのに、いつでも他人のために身を削ってばかり……一度くらい、自分の幸せを願ったらどうなのよっ!!」




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