十一章②
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「こんな、ことって……!」
目の前で起きていることは、本当に現実なのだろうか。
爆風に負けじと羽ばたく天馬の背に必死でしがみつきながら、アンジェリカたちはその光景をただただ凝視した。
つい先ほどまで、上空から目指していた樹海の奥地ーー天に牙を剥くように聳え立っていた魔王の封印石が、突如として爆発したのだ。封印石は轟音とともに粉々に砕け散り、真白い粉塵が大量に噴出して、巨大なキノコ雲となり天に立ち昇った。
爆心地から波紋状に、凄まじい爆風が広がる。
「きゃああっ!!」
幾度もの波となって襲いかかるのは、触れるもの全てを凍てつかせる極寒の冷気だ。幸い、すぐさま天馬が守りの結界を生み出してくれたおかげで大事には至らなかったが、肌も髪も真っ白になるほど霜に覆われてしまった。眼下の樹海は、白銀の氷晶に塗りつぶされている。
「魔王の封印石が砕け散ってしまうなんて…… 師匠は、マリンローズ先生は無事なの……っ!?」
言い知れない不安に、胸が押しつぶされそうになる。堪らずに叫ぶアンジェリカに、皆は苦しげに唇を噛み締めるだけだ。アンジェリカにもわかっていた。その場しのぎの気休めの言葉など、なんの役にも立たない。
間に合わなかったのだ。
だからこそ、魔王を封じていた封印石が崩壊してしまった。しかも、双子の話では、マリンローズはシリウスロッドに攫われ、魔王の封印石の間に囚われていた。だが、今や一帯は立ち昇る噴煙の中だ。目の前に広がる光景は、絶望そのもの。マリンローズの無事を祈る気持ちすら、かき消えてしまうほどにーー
だめだ、とアンジェリカは首を振る。
なにもしないうちから諦めてどうする。
「まだ手遅れだと決まったわけではないわ! なんとかあそこに近づいて、師匠を探しましょう!」
「アンジェリカ、待ってください! あれを……!」
天馬を駆り、さらに前進しかけたアンジェリカを、竜化したセオドールの背からレオンハルトが鋭く制した。彼の指し示す先を上げ、誰もがハッと息を飲む。
「なに、あれ……?」
天にそそり立つキノコ雲が、ゆっくりと風に流されていく。その中から、姿を現したものがあった。
胎児だ。
およそ視界におさまらないほど巨大であり、身体全体が黒々とした皮膚に覆われたもの。大きな頭を俯かせ、目を閉じ、身体を丸め、大地に向かって臍の緒を垂らすその姿は、紛れもなく母親の胎の中にいる状態の、未熟な赤子の姿に他ならなかった。
ただし、その途方もない巨大さからわかる通り、人間ではない。
呆然と見つめる中、赤子の頭部が不自然に盛り上がったかと思うと、皮膚を突き破って幾本もの角が生えた。丸めた背からは、蝙蝠のような翼が広がる。
ーー魔王の胎児だ。
頭でそう認識した瞬間、全身が恐怖に粟立った。
『あ、あんなのおかしいよ!』
アンジェリカの腕に抱かれていた、天野めぐみの生まれ変わりである我が子が叫ぶ。
『魔王の封印石が砕け散ると同時に、世界滅亡のバッドエンドが確定してしまうーーでも! わたしたちがプレイしたときには、〝魔王〟は黒くてでっかいドラゴンだったよ!? 某特撮巨大怪獣よろしく、口から冷凍ビームを吐き出しながら世界を滅ぼすの!!』
「で、でも、だったらあれはなんなの……?」
『これは私の憶測ですがーー』
答えたのは、プリシラの腕に抱かれていたもう一人の双子、氷鷹麗だ。彼女は幼さに合わぬ真剣な表情で眉根を寄せ、思案しつつも切り出した。
『魔王が完全復活してしまう条件は、シリウスロッド公爵に依頼された素材を全て集めること。そして、彼に施された魔王の半身を封じている国王と王妃が死亡することです。しかし、ママーーアンジェリカが聖女の力に目覚めれば、召喚された聖獣が発する聖なる光によって邪気は去り、お二人は一命をとりとめる。これにより、バッドエンドを回避することができるのです。復活した魔王が未熟なのは、条件が揃わないまま、無理矢理に封印を解いてしまったからではないでしょうか?』
「なるほど……!」
「確かに、父上と母上になにかあったという知らせは届いていません。貴女の推測は正しいのかもーーならば、メルリーヌ女史もご無事である可能性がありますね」
レオンハルトの言葉に、不安に沈んでいた皆の表情が明るくなる。そのとき、龍化したセオドールが紅玉色の双眸をハッと見開いた。
『ーー先生っ!!』
叫ぶや否や、氷晶に包まれた樹海を目指して急降下する。背中に乗せているレオンハルトたちのことなど頭から抜け落ちているらしく、彼らの絶叫が尾を引いた。アンジェリカも、慌てて天馬を駆る。
セオドールが目指すものはすぐにわかった。
樹海ギリギリの上空に、金色に光る球体が浮かんでいる。ときおりパチパチと小さな火花を散らすそれは、雷の魔力により生み出された魔法障壁だ。
中に、人が横たわっている。
「マリンローズ先生……!!」
駆けつけたアンジェリカたちは歓喜に湧いた。
金色の球体に包まれて、穏やかに眠るドレス姿の女性ーーそれは、紛うことなきマリンローズの姿だったのだ。




