二章① リメイクされた乙女ゲームのヒロインを見守ろうと思います!
王立魔法士学園。
アストレイア王国随一の魔法士養成学術機関。魔法士の才を持って生まれる王侯貴族が共に勉学に励み、親交を深め、青春を謳歌する学舎である。門前に掲げられた、『この門を潜る者は一切の身分を捨てよ』の言葉の通り、学園内では身分による差別行為は禁止されており、基本的には不敬罪も適用されない。また、近年は友好国からの留学生も多数在学している。
翌日の正午過ぎ。
市邸から馬車に乗り、学園の正門前に降り立った私は、眼前に聳え立つ壮麗な建造物に目を輝かせた。
「やっとここに来れた……!! 王立魔法士学園、なんて豪華な校舎なの! ゲーム画面で何度も見たけど、まるで西洋の宮殿よ! 本当なら入学式典から参加する予定だったのに、間に合わなかったことが心底悔やまれるわ……!!」
そう、式典はとっくに終わってしまっていた。
新プリの世界に転生し、いざオープニングからじっくりと実体験するつもりだった私は、あろうことか新装イラストに一新されたプリンスたちの晴れ姿を、この目で見ることができなかったのだ。
昨夜、婚約破棄されたショックで前世の記憶を取り戻し、悪役令嬢シルヴィアの兄、シリウスロッド・フレースヴェルグ公爵に、冗談ついでとはいえ、本当に婚約を申し込まれてしまった私。
生まれて初めて出会った最推し、シリウス兄様(一晩かけて、推しの呼び名はこれに落ち着いた)とのファーストイベントの余韻に浸る間もなく、私は自分のやらかしたことの後始末に追われることになった。
「氷麗の公爵様にお送りいただくなんて、一体なにがあったのですか!?」と血相を変える家令と侍女頭に、婚約破棄の一件を事細やかに説明。領地暮らしの父と母、外交官で妻子とともに他国暮らしの兄、すでに嫁いでいる二人の姉たち宛に書簡をしたため、自分名義の財産関連の書類を整理し終える頃には、すっかり深夜になっていた。
だが、それだけならまだなんとかなった。
問題は今朝だ。
婚約破棄騒動から一夜明けた今日、目覚めた私は大輪の白薔薇に囲まれていた。
侍女たちが部屋に運び込むのは、真新しいドレスに靴、輝かしい宝飾品の山。
「かの氷麗の公爵様から、お嬢様への贈り物でございますよ!」と、心底驚いた顔の彼女たちから手渡されたカードには、『おはよう。僕の愛しいマリンローズ。昨夜の契りを夢だと思ってしまわないよう、愛する君のために贈り物を用意したよ』という書き出しから始まる、愛という単語が十五回も使われた恋文が、流麗な筆致で綴られていた。
プリプリの世界では、男性から送られる花には必ず秘められた意味がある。
白薔薇の花言葉は、『わたしは貴女に相応しい』だ。
人生初の最推しからの、初めてのプレゼント。
初めてのラブレター。
あまりの尊さに、思わず無理ぃと涙ぐんでしまうほど嬉しかったのだが、同時に、「お嬢様、これは一体どういうことなのですか??」と大迫力の笑顔を並べる家令と侍女頭に、さらなる説明を求められる事態に陥ってしまった。
そうしているうちに支度をしている時間がなくなり、泣く泣く、学園に式典欠席の届けを出したのだ。
婚約イベントからお目覚めサプライズまでワンセットとは、流石はリメイク版追加攻略キャラクターだ。どこまでも抜け目なく、乙女のハートを鷲掴んでくる。
しかし、シリウス兄様との婚約は口約束の段階なので、できることならしばらく黙っておきたかった。
(マリンローズの記憶によると、家令のマーカスさんと侍女頭のマーサさんはご夫婦で、育ての親でもあり、実の両親よりも厳しいのよね。手紙を出すのも、落ち着いてからにするつもりだったのに、許してくれないし)
対して、両親は放任主義だ。宮廷魔法士長だった祖父をはじめ、優秀な魔法士を数多く排出してきたメルリーヌ辺境伯家。マリンローズが末っ子として生まれたときには安泰そのもので、後継は兄が、必要な政略結婚は二人の姉達がつつがなく済ませてくれていた。
そのため、一族の誰よりも強大な魔力量を有し、稀有な雷の聖獣の加護を受けて生まれたマリンローズは、貴族の令嬢としてではなく、王国を支える一流の魔法士となるべく育てられた。
おかげで、婚期を過ぎて教職についていても、とやかく言われることはない。ーーむしろ、マリンローズが優秀すぎるあまり、家族にすら恐れられているようだ。これまでも、お互いに必要以上関わらずに生きてきた。
「つまり、かなりドライな関係なのよね。……まあ、メルリーヌ辺境伯領ってめっっちゃくちゃ遠いみたいだから、帰らなくていいに越したことはないけれど。実家に戻っているうちにシリウス兄様とのイベントをスルーしたら、生きる楽しみを失ってしまうもの!」
二度とこのような失敗を繰り返さないためにも、兄様とのイベントフラグの気配には敏感になっておかなくてはならない。
ーーさて。
入学式典に出席できなかった私が、こうして学園に赴いているのには理由がある。社会人として、学園長に急な欠席の謝罪をするためーーというのは、家令たちへの建前だ。
本音はすなわち、新プリメインヒーロー、レオンハルト・ジーク・アストレイア王子とヒロインとの出会いイベントを、物陰からこっそり見守るためである……!!
前世の私がプレイすることが叶わなかった新プリの世界に転生したのだ。これすなわち、ゲームが駄目ならリアルで見ればいいじゃない、という、神の啓示に違いない。
ということで、私はマリンローズの記憶を頼りにさっさと学長室に行き、懇切丁寧にお詫びしたあと、長い廊下を突き進んだ。
(目指すは、裏庭!! 入学式典を終えたヒロインが、学生寮に行く途中で迷い、たどり着いた裏庭で最初のイベントが始まるのよ! 今ならまだ間に合うはず!!)
困り果てるヒロインのもとに、『あらあ! 誰かと思えば平民ではありませんの!』と、取り巻きを連れて現れる悪役令嬢シルヴィア。見事な銀紫の縦ロールを輝かせつつ、彼女は傲慢に言い放つ。
『平民のぶんざいで、よくのこのこと入学式典に顔を出せましたわね! おわかりでないようなので、はっきりと教えてさしあげますわ! 下賤な平民である貴女など、この名誉ある王立魔法士学園の生徒に相応しくありませんことよ!!』
ーーそして、シルヴィアがヒロインに向かって風の攻撃魔法を放とうとした寸前、純白の貴公子、レオンハルト王子が颯爽と現れ、彼女を守るのだ。
『そこでなにをしている! 学園の治安を乱す者は、誰であろうとこの私が許さない!』
(はわわわあ!! あ、あの伝説のファーストコンタクトが生で見られるなんて尊すぎる!! なにがなんでも、心のスクショに納めねばならないわっ!)
教師として、私には生徒たちを見守る義務がある。
教師として、ヒロインの推しプリ攻略を見守らねばならない義務があるのだ。
そう、教師として!!