十章⑦
「ま、〝魔王〟……!? シリウス様には〝魔王〟の半身が封じられていたの!? しかも、本当はレオンハルトの実兄で、公爵夫妻が若くして亡くなったり、国王陛下がご病気だったのは、封印を保つために生命力を奪われていたためーーな、なによこれ、どうして最初からこっちが表示されなかったの……っ!?」
パラメータにはその他にも、これまで隠されていた情報が事細かに記されていた。すべてはゲームの仕様だ。一定の条件を満たさなければ、開示されない。
(鼓動が乱れる……マリンローズが混乱しているようね。でも、前世で数多の乙女ゲームに触れてきた私には、理解できる)
リメイク版新プリの追加攻略対象シリウスロッド・フレースヴェルグは、悪役ーーいわゆるラスボスキャラクターだったのだ。
国王夫妻の第一子として生まれた彼は、魔王の封印石の崩壊を止めるため、その半身を魂に封じられた。だが、出生の秘密を知ったことをきっかけに〝魔王〟に心を蝕まれ、精神も封印も崩壊寸前。彼が私に素材を集めさせたのも、国王陛下の病を治すためではなく、封印石を破壊し、〝魔王〟を完全復活させるためだった。
そして、そのための最後の鍵となるのが、〝神竜の宝玉〟ーーこの私、マリンローズ・メルリーヌの魂だ。
やはり騙されていたのだ、と胸中のマリンローズから大きな悲しみが生まれる。
もう一度だけ騙されてやるとは言ったが、やはり、裏があった。彼が私に近づいたのは、〝魔王〟を復活させるため。自分の魂に〝魔王〟を封じた者たちへ、復讐をするためだったのだと。
『これは驚いたね。この板には、真実が記されてしまうのかい?』
魔法はイメージだ。彼の正体を示したいというイメージが強すぎて、表示されたパラメータ画面はシリウス兄様にも見えてしまっているらしい。
彼は内容を読み、真紅の双眸を愉しげに細めた。屈託のない無邪気な微笑みに寒気がした。彼の身体から滲み出す漆黒の魔力は、獲物を狙う蛇のように凶々しく渦巻いているというのに。
『ーーそう。僕の魂には、国王らによって〝魔王〟の半身が封じられているのだよ。だが、君にはなにも知らないまま、美しい幻想の中に囚われていて欲しかった。悲しませるのは本意ではないからね』
「どういう意味ですか……?」
『先ほど、秘境を囲む魔法結界壁を消滅させた。魔物たちは魔素を含んだ人間の肉が大好物だ。今頃、王都の魔法士たちを喰い漁っていることだろう』
「王都の魔法士ーーま、さか……!? やめて!! お願い!! 私はどうなってもいいから、生徒たちに手を出さないでっ!!」
目の前にいるシリウス兄様は、既に私が知る彼ではない。だが、そんなことには構わずに、服を掴んで縋りついた。
嫌な予感に全身が戦慄いた。
ラスボスである彼に、〝神竜の宝玉〟の在処を知られてしまったこと。
それが、凄惨なバッドエンドの確定条件だった可能性がある。
〝シリウスロッドに封じられていた〝魔王〟の半身の封印が解かれ、国王夫妻は生命力を失って死亡。〝いにしえの秘境〟の結界壁は失われ、溢れ出した魔物たちに王都が襲われて、攻略対象たちは全員喰い殺される。シリウスロッドはマリンローズから〝神竜の宝玉〟を奪い取り、封印石を破壊。完全復活を果たした〝魔王〟によって、世界は滅亡する。〟ーーという、世界滅亡エンドの。
『ふふっ! 君は、いつだって生徒たちのために一生懸命だね。ずっと羨ましかったのだよ。愛しい君にとって、僕は誰よりも大切な存在になりたかった。彼等が魔物に喰い殺されてしまえば、その夢も叶う』
絶句する私に、シリウス兄様はとろけるような笑顔を向ける。その異常な様に、本当なら恐怖に怯えて絶望するところなのだろう。
ーーだが、私の心から溢れ出したのは、抑えきれないほどの激しい怒りだった。
(ふざけるんじゃないわよ……っ!! ここがリメイクされた乙女ゲームの世界だろうが、転生した私にとっては紛れもない現実だもの。成し遂げてきたものも、築き上げてきた絆も本物なのよ!! なのに、それを全部、ゲームのシナリオなんかに潰されるなんて……!!)
これまで、数多の凄惨な運命を変えようと必死に足掻いてきた。そうして、ようやくあと一歩というところにまで来たのだ。
シナリオ、設定、選択肢、フラグ回収、パラメータ値、ゲームの仕様ーー
今さら、そんなものに弄ばれてたまるものか。
私は縋っていた上着から手を離し、シリウス兄様のシャツの襟首を両手で掴みあげた。
「シリウスロッド・フレースヴェルグ……ッ!! 馬鹿なことを言ってないで、とっとと正気に戻ってくださいっ!! 貴方は〝魔王〟なんかに心を壊されるような、弱い人間ではないでしょう!?」
『マリン、ローズ……』
「私のことを、愛していると言ってくれたじゃないですか……っ!! 愛する私を犠牲にしてでも、〝魔王〟を封じられた復讐がしたいんですか!? それとも、また私を騙したんですか!? あのときの言葉は嘘だったんですか……っっ!?」
彼の顔から笑みが消え、血色の双眸が僅かに揺らいだ。苦しげな呼吸の合間から絞り出された声は、優しく柔らかな、元の彼の声だった。
「……嘘ではない。それに、これは復讐などではないよ。僕は、君を失いたくないだけだ。この身を〝魔王〟に奪われ、僕が僕でなくなる前に。君を手にかけてしまう前に、一つになりたい……ずっと、そう願ってきた」
「シリウス様……、ーーっぁ……ぐっ!?」
胸の中心に、白い手のひらが重ねられていた。肺を潰されるような圧迫感に、呼吸が出来なくなる。
なにかが、身体の内側から無理矢理に引きずり出されようとしている。
金色の光条を放つ、球体。これが、私の魂ーー〝神竜の宝玉〟なのだろうか。
魂を引き抜かれたら、私とマリンローズの自我はどうなってしまうのだろう。
「〝魔王〟の半身の封印を解く鍵である君と、〝魔王〟の半身を封じられて生まれてきた僕は対なのだ。これから君に与える悲しみと苦しみのすべてを、僕が受け止める。だから、ともにーー〝魔王〟として生まれ変わろう」
ーー愛している。
囁きとともに、彼の唇が額に触れた。
(駄目よ……! このままじゃ、マリンローズごと〝魔王〟に取り込まれてしまう……!)
宝玉の放つ眩い光に飲まれてしまう直前、呼吸の出来ない苦痛が急激に遠のいて、不思議な浮遊感に包まれた。
『貴女って、嫌になるほどお人好しね』
意識を手放す寸前、そんな呆れた呟きが聞こえた気がした。




