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十章⑥

          



            ***



「ーーっ、痛……っ!」


 ズキン、とこめかみが深く疼き、あと少しで重なりそうだった唇が止まった。


「……マリンローズ、どうかしたのかい?」


 吐息がかかる距離で、アイスブルーの双眸が切なげに歪む。その眼色に、ふたたび鋭い痛みが走った。


 なんだこれは。


 頭の奥に氷の塊でも埋め込まれているような、強烈な違和感。


(ーーなんだか、すごく大切なことを忘れているような気がするわ。そもそも、この場所に来た記憶がなに一つないなんて、おかしいわよね)


 胸中のマリンローズも、同じ違和感を感じている。


 でも、肝心の正体がわからない。


「あ、あの、シリウス様……! 私は本当に、自分の意思でここに来たのですか? パーティーに出席してからのことが、まったく思い出せないんです」


「思い出す必要はないよ。ゆっくり休暇を楽しみなさい。ーーいっそのこと、二人きりでここで暮らすのもいいね。宮廷魔法士長にも魔法士学園の教師にも、換えはいくらでもいるのだから」


「そんなこと……」


 また、ズキリとこめかみが疼いた。


 やはり、今の彼はなにかがおかしい。その疑いを裏付けるように、マリンローズの記憶が溢れた。


 ーーあの御前試合で敗れた後、彼が積み重ねた膨大な研鑽を知っている。卒なくなんでもこなしてみせるように見えて、彼は自己に厳しく努力家だ。卒業式の後、「君と一緒に、国を守り立つ魔法士になりたいのだ」と告げられた言葉にも、嘘はなかったはずだ。


 なのに、自分の役目を放り出すなんて、彼らしくない。


「ーー二人きりって、シルヴィアはどうするんですか!? それに、どちらの立場にも換えなんか効きません! 私には助けなければならない生徒がいるんですから!!」


 彼の抱擁を振り解いた瞬間。


 パキン! と頭の中に、氷が割れるような音が響いた。


「ーーっ! そう、そうよ……! 早く帰って、生徒たちを助けないといけないのに! そのために、最後の材料がーー〝神竜の宝玉〟が必要だったのよ!」


 求めていた記憶が、頭の中に次々と広がる。


 パーティーでお会いしたドラゴニアの竜王陛下が、〝神竜の宝玉〟は物でなく聖獣のことだと教えてくださった。


 それなら探しようがないと落ち込む私に、シリウス兄様は在処を知っていると言ったのだ。


「……思い出したわ。〝神竜の宝玉〟は、私の魂そのものだって」


「ああ、そうだよ……だからこそ、初めて君と戦ったとき、〝杖〟を手放してもなお僕を倒しうる雷撃が放てたんだ」


 彼は唇を噛み、悲しげに瞼を伏せた。


 残念ながら、過去の記憶はそこで途切れている。その後なにがあったのか尋ねる前に、胸中から怒りが湧き上がった。


「『シリウスロッド……!! 氷麗の聖獣の力を使って、私の記憶の一部を凍らせたのね!? 一体、なんのために!!』」


「君を守るためだ……すまない。もう、こうする他に方法がないんだ……」


「『意味がわからないわよ! わかるように説明しなさい!! それにこの場所ーーここは現実ではなく、魔力で実体化させた幻ね? こんな箱庭に私を閉じ込めて、なにを企んでいるの!?』」


 怒号はそのまま、雷鳴と化して轟いた。蒼穹にほとばしった金の雷は亀裂となり、硝子が割れるように空が崩れ落ちる。


 周囲の光景は一変した。私はパーティーに出席した格好のまま、鬱蒼とした夕闇の森に囲まれた古代遺跡に立っていた。


 爽やかな潮の香りを含んでいたはずの風が、にわかに生臭さく鼻を突く。


「これ、血の匂い……、ーーひっ!?」

 

 足元をさらっていた温い波は、赤黒い血溜まりだった。悲鳴を押し殺して見まわすと、遺跡の床には緻密な魔法円が彫り込まれている。魔法円はおびただしい血で満たされ、その中心には、純黒の黒水晶が聳え立っていた。


 ーー魔王の封印石だ。


 〝いにしえの秘境〟の最奥に存在する、強力な古代封印魔法の結晶体は、千年以上も昔に伝説の聖女によって生み出され、王国の平和を守ってきた。

 

 その表面にあってはならない亀裂が生じていることに、心臓が跳ね上がった。


「な、なにこれ……これじゃまるで、誰かが〝魔王〟の封印を解こうとしているみたいじゃない……!」

 

『ーーその通りだよ』


 目の前に立つシリウス兄様の唇が弧を描いた。漏れ出た声は彼のものではない。無数の人間の悲鳴や慟哭を集め、無理矢理言葉に変換したような、おぞましい響き。


『宮廷魔法士団に討伐させた千の魔物の血液と、君が集めてくれた素材で作った〝エターナルポーション〟の力で、必要な魔素は満ちた。間もなく〝魔王〟の封印は解かれ、世界に千年続くとこしえの冬をもたらすだろう』


 開かれた双眸は、鮮血よりも真紅あかい。


 竜人族の紅玉眼ーーセオドールを思わせるその変貌に、記憶を失う寸前、壊れたモノクルの向こうに、この瞳を確かに見たことを思い出した。


「シリウス様……いいえ、貴方は一体誰なの……?」


『おかしなことを聞くね。僕は君の婚約者だよ、愛しい人』


「嘘よ……っ!! ーーっ、そうだわ! 答えないなら、暴くまでよ。〝パラメータ・オープン! シリウスロッド・フレースヴェルグ〟!!」


『な……っ!?』


 眩い白光とともに、パラメータ画面が現れる。


 そこに記されていた内容は、私の想像を遥かに超えていた。



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