十章①リメイクされた乙女ゲームのラスボスに挑もうと思います!
「アンジェリカアアアーーーーッ!! ありがとう!! 頑張ってくれて、本当にありがとううう……っ!!」
「フ、フェリクスってば、もう、嬉しいのはわかったから、いいかげんに泣き止んでっ! 皆の前なのよ……!?」
昨夜、ベオウルフ公国から至急の知らせを受け、夜通し馬を走らせたマッチョなパティシエ、フェリクス・ロードナイツ。
王城に駆けつけ、迎賓館の一室にいるアンジェリカの元に案内された彼は、産後の妻の横で安らかに眠る双子の女の子を一目見るなり滝のような涙を流して咽び泣いた。
室内には昨日一晩、アンジェリカの側について彼女を励まし続けたシルヴィア、レオンハルト、アルベルト、プリシラ、セオドールの五人に加え、ベオウルフ国王夫妻の姿もある。
しかし、人生初めての自分の娘たちの前では、どんな国のどんな王族も霞んでしまうらしい。
可愛らしいレースの産着を着せられた双子のうち、一人はアンジェリカにそっくりの金髪だと泣き、もう一人は自分譲りの栗毛色の髪だと泣き、目を覚ました双子が微かに開いた水色の瞳を見て、天使のようだと男泣きするフェリクスに、申し訳ありませんとアンジェリカは苦笑する。
国王夫妻は穏やかに微笑んだ。
「いやいや、私たちのことなど気にせずともよい。存分に喜ばせてあげなさい」
「そうですわ。妻子のために夜通し馬を走らせるだなんて、たくましくて優しい旦那様ですこと」
アルベルトとプリシラが生まれたときを思い出すと、国王夫妻。ルドルフ王の白銀の髪はプリシラに、ティアナ王妃の黒髪はアルベルトに受け継がれている。どちらの双子も二卵性だったのだなと、アンジェリカはフェリクスの泣き声に驚いた双子をあやしながら思った。
そうして、寝台を囲む面々に改めて向き直る。
「レオンハルト様、シルヴィア様、アルベルト様、プリシラ様、セオドール様……!! 皆さんがそばにいてくれたから、挫けずに頑張れました!! 本当に、ありがとうございました……!!」
「礼にはおよびませんよ、アンジェリカ。私たちこそ、大変貴重な経験をさせていただきましたから」
レオンハルトの言葉に、一同は非常に感慨深くうなずいた。
皆、双子の産声を聞いたときの、言い知れない感動の余韻が忘れられないでいる。
新たな命が産まれる瞬間のなによりも幸せな気持ちを、アンジェリカは教えてくれたのだ。
アンジェリカは重ねて礼を言い、そうだ、と笑顔で尋ねた。
「師匠に名付け親になっていただきたいと思っていたんですよ! どこにいらっしゃるかご存知ですか?」
「申し訳ありません、アンジェリカ。メルリーヌ女史はフレースヴェルグ公爵とともに、火急の要件で先に帰国したのです。できることなら、二人にもこの場にいていただきたかったのですが……」
「アストレイア王国に帰国したら、すぐにでもご報告すればよいのですわ! ーーさあさあ、皆様方! 可愛い赤ちゃんをいつまでも見ていたいのはわかりますけれど、ここは親子水入らずで過ごさせてあげるべきです! 生まれてすぐの親子のスキンシップはとても大切だと、本に書いてありましたわ!」
急かすシルヴィアに背を押され、一同は惜しみながらも部屋を後にする。双子を手に抱き、なおも咽び泣いていたフェリクスは、ようやく涙を拭いて深々と礼をした。
「すべて、皆様のおかげです!! 本当に、ありがとうございました……!!」
「無事に産まれてなによりですよ。心からおめでとうと言わせてください。どうぞ、子供たちとごゆっくり過ごされてくださいね」
レオンハルトは温かく微笑みかけ、自らも部屋の外に出ると、そっとドアを閉めた。
ーーそうして、打って変わって厳しい表情に戻る。
側のシルヴィアも青ざめた顔を強張らせていた。
「……本当に、これで良かったのですわよね?」
「勿論です。今のアンジェリカに余計な心配ごとはかけられません」
レオンハルトを取り巻く一同も同意する。
彼等は会話が漏れないよう談話室に移動し、改めて現状を話し合うことにした。
ーーマリンローズと、フレースヴェルグ公爵の行方が昨夜からわからなくなったのだ。
発覚したのは今日の朝。明け方に双子が産まれ、安堵と喜びに湧いたレオンハルトたちは、すぐさまマリンローズにも報告をと彼女の部屋に使いを走らせた。
しかし、彼女の部屋にも、フレースヴェルグ公爵にあてがわれた部屋にも姿はなかった。その報告を聞いたとき、一同は初めて二人の身になにかがあったのだと悟ったのだ。
その後、ルドルフ国王の指示のもと必死の捜索が続けられているが、未だ二人が見つかったという知らせは届かない。
アルベルトが、苛立ちのままにテーブルに拳を打ち落とした。
「くそっ! どうしてこんなことに……っ!」
『……ごめん。ボクのせいだ。ずっと嫌な予感がしていたのに……あのとき探しに行っていれば……』
「セオドール王子のせいではありません。私が警戒を怠ったのです。メルリーヌ女史はアストレイア王国随一の魔法士。今回のパーティーに我が国の国力を削ごうと目論む者達がいたのなら、彼女を狙われてもおかしくはなかった」
「ですが、お兄様もご一緒でしたのよ!? あの二人を同時に誘拐することなどできるはずがありませんわ!」
「シルヴィア様の仰られる通りです! 場内の魔法水晶の映像記録にも、別室で竜王陛下との会合を終えた後、お二人が広間にお戻りになる様子がしっかりと映っておりました。ただの誘拐だとは思えません!」
プリシラの言葉に、レオンハルトは言葉に詰まる。
もし、誘拐ではないのだとしたら、二つの可能性が考えられる。
一つは、二人が同意の上で、ともに姿を消したという可能性。
もう一つは、公爵がマリンローズを拐ったという可能性。
しかし、どちらにせよ目的がまったくわからない。
「竜王陛下のお話では、二人は父上のーーアストレイア国王の病を治癒する秘薬の素材を探していたようです。しかし、竜王陛下にも在処はわからなかった。ですから、捜索に向かった可能性は低いでしょう。公爵がメルリーヌ女史を拐ったにしても、二人はすでに正式な婚約を交わしているのですから、力づくで自分のものにする意味がない。魔法水晶の映像では会話までは聞き取れませんでしたが、言い争っている様子もなかった……本当に、不可解なことばかりです」
ことの重大さを理解するにつれ、レオンハルトの顔から血の気が引いていく。
国力を揺るがすほどの実力を持つ魔法士たちの突然の失踪ーーそんな事件が他国に知れ渡れば、不穏な考えを抱く者が現れるのは確実だ。
重責に押しつぶされそうな若き王子の肩に、ルドルフ王の大きな掌が置かれた。
「まずは落ち着きなさい。幸い、この公国は高い壁で囲まれている。門兵から不審な出国者の報告がない以上、この国のどこかにいるはずだ。公国中を捜索させよう。レオンハルト王子はアストレイア王国に戻り、兄上にこのことを伝えなさい。ベオウルフ公国は、全力をもって二人の捜索に力を尽くすと誓おう」
「叔父上……」
「レオンハルト様! わたくしもご一緒いたしますわ!」
「父上、俺もレオンハルトに同行させてもらう。どのみち、あと数日すれば新学期だからな」
「わたくしはアンジェリカとともに戻りますわ。お兄様、なにか動きがあればすぐにご連絡いたします」
『……ボクも、アストレイアに戻るよ。誰がなんの狙いで今回の事態を起こしたかわからない以上、魔法士の数は多い方がいい』
「ーーありがとう。皆のご助力、心より感謝します」
混乱を防ぐため、二人の失踪の詳細については厳しい緘口令が布かれた。
国を挙げた捜索はベオウルフ公国、アストレイア国王の両国に渡って昼夜を問わず行われたが、しかし、夏季休暇の終わりが訪れてもなお、二人の足取りは掴めなかった。




