九章⑥
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「まったく、三人の王妃様のお相手をアンジェリカに押しつけるなんて! マリンローズ先生にも困ったものですわね!」
夜もすっかり更け、パーティーは大盛況を惜しみつつお開きとなった。
過ごしやすい服装へと着替えたアンジェリカたちは、王城敷地内の迎賓館の談話室に集まり、ゆっくりと疲れを癒している。今夜はここで一泊し、明日はアルベルトとプリシラにベオウルフ公国を案内してもらう予定だ。
なんだか修学旅行みたいだ、と、読んでいた本ーー『双子と聖獣との関係性〜その神秘の絆に迫る〜』から顔をあげ、アンジェリカはほくそ笑む。
男性陣はカード遊びに。女性陣はもっぱら中央のテーブルに山積みになった本に夢中になっている。そのうちの一冊、『はじめての出産』に熱心に目を通していたシルヴィアは、先ほどの言葉をのたまいつつ大仰に嘆息した。
アンジェリカもまったくだと同意するが、自分はもっと大変なことを押しつけてしまっているのだから、力になれることは全力でサポートしたいのだというのも本音である。
しかし、せめて心の準備をする時間は欲しかった。
「シルヴィア様がすぐに駆けつけてくださって助かりましたよ。一時はどうなることかと思いました!」
「ふふっ! でも、お母様たち、すごく楽しそうに盛り上がっておられましたよ? あの気難しい伯母上様も、饒舌にお話しされておられました。アンジェリカには、ひとを惹きつける不思議な魅力がありますね」
白い尻尾をフリフリ、『赤ちゃんのあやし方』を熟読していたプリシラがふんわりと微笑む。
そうなのだ。
三人の王妃たちの前に、生贄のように残されてしまったアンジェリカ。
とりあえず、満面の営業スマイルを浮かべながら、頭の中をフル回転。お国も生まれも違う三人の王妃たちと、共通して盛り上がれる話題をーーと脳髄を振り絞り、これしかないと踏み切った。
『あの!! 先ほどわかったのですけれど、お腹の子供が双子みたいなんです……! 初めての出産で不安なので、是非、王妃様方に出産のコツをご教授いただけないでしょうか……!?』
まあ……! と目を丸くする王妃たちの後ろで、駆けつけたシルヴィアが頭を抱えた。
ーーしかし、その後はそれぞれの王妃たちの出産話で大盛り上がり。竜人族には角や尻尾があるが、卵で生まれるから安産なのだとか、ベスティアの王妃は最高四つ子を出産したのだとか、獣人族は多胎妊娠が多いが、それは小さく生まれて大きく育つからで、アルベルトとプリシラの場合、プリシラは小さかったがアルベルトが人間サイズだった上に先に生まれたから大変だった。逆ならよかったのに、などなど。
ゲーム設定では語られなかった新プリキャラのリアルな誕生秘話に、アンジェリカは大興奮で聞き入った。その素直で飾らない反応が王妃たちの庇護欲に火をつけた結果、腕のいい産婆や乳母を派遣してもらえることになり、出産に関する蔵書までたくさん頂いてしまったのだ。
「ところで、どうしてシルヴィア嬢まで熱心に読みふけっているのですか?」
カードの勝負をつけたレオンハルトが、不思議そうな顔でシルヴィアの読んでいる本の内容をのぞきこもうとするーーが、彼女はその前に、バタンと表紙を閉じた。
「ア、アンジェリカが知っていることを、未来の王妃たるわたくしが知らないなど許されないからですわ! それに、いずれは必要になる知識なのですから、今からよく学んでおかなければなりませんでしょうっ!?」
「いずれは……?」
ふむ、と彼女が抱える本の表題を見つめ、レオンハルトはにっこりと、にっこりと微笑む。
「ええ、そうですね。貴女の言う通り、いずれは必要になる知識です。私も、今からしっかり勉強しておきましょう」
「ーーっ!!」
それではじめて、シルヴィアは自分の言葉が掘った墓穴に気がついたらしい。ぼぼっと音がするほど赤面し、その素直すぎる反応に、レオンハルトはついに吹き出した。
『……はぁ』
そんな仲睦まじい二人の様子を尻目に、セオドールは一人、窓の外を見つめ、物憂げにため息を落としている。
夜闇の中、シトシトと降りしきる雨が庭を濡らしていた。
まだ拗ねてるのか、とアルベルト。
「セオドール。いいかげん、雨を降らすのをやめたらどうだ? ……まあ、落ち込む気持ちはわかるけどよ」
『……だって、先生が…………』
皆まで言わずとも、その消沈しきった響きからは充分に伝わるものがある。成長期の一件を助けられて以来、セオドールはずっとマリンローズのことを慕っているのだ。その気持ちが、いつしか淡い恋心に変わりはじめていることを、面々は悟りつつも口に出さないでいた。
パーティーを途中退場したマリンローズとシリウスロッド公爵は、結局、会場に戻って来ることはなかった。
事情を知っているアンジェリカだけは、竜王陛下に〝神竜の宝玉〟について尋ねに行ったのだろうと理解していたが、しかし、それ以降の展開についてはわからない。
もし、新プリにシリウスロッドルートなるものが存在していたならば、パーティーを抜け出した二人は今頃、ときめきたっぷりの恋愛イベントを満喫しているのかもしれない。
パーティーの席で、男女が行方をくらますのは良くある話だ。しかも、二人は正式な婚約者同士。余計な詮索は無粋だと、誰もがなりゆきを見守るにとどまっていた。
しかし、セオドールはついに耐えきれなくなったらしい。
窓辺を離れ、シルヴィアの前に進み出た彼からは、静かに魔力が滲み出している。
『……シルヴィア嬢。公爵は、先生のことを本当に大切に思っているの? 政略結婚なんて、貴族の間では当たり前の話だけど。それでも、互いへの尊敬や支え合う絆は大事だと思うんだ。先生のことを利用しようと思っているだけなら、ボクは認めたくない……先生には、幸せになって欲しいんだ』
「セオドール様……勿論、わたくしもそう思っておりますわ。ご心配にはおよびません。お兄様は学生時代からずっと、マリンローズ先生をお慕いしておられたのですから。それはもう、妹のわたくしが呆れてしまうほどの、筋金入りの片想いなのですわ!」




