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九章④


「お気持ちだけで充分ですわ……と、申し上げるなのべきなのでしょうが、折り入ってお知恵をお借りしたいことがございます。後ほど、お時間をいただけないでしょうか?」


 万病を治す秘薬のことをパーティー(ここ)で話す訳にはいかない。後日に改めないのは不躾ぶしつけかとも思ったが、竜王陛下は快く応じてくださった。


『わたしに力になれることであれば、なんなりと。ーーもし、急ぎであれば、すぐにでも構わないのだが』


「よろしいのですか!? ありがとうございます! ーーそれじゃあ、アンジェリカ。あとのことは、貴女に任せたわよ!」


「あとのこと?」


 きょとんとするアンジェリカの背後に、いつの間にやら、大勢の貴婦人たちがズラリと並んでいた。


 彼女たちを率いるのは、それぞれ可憐、優美、妖艶の化身のごとき三人の美妃たちだ。


 きっとこれが、シルヴィアの言っていた〝社交界の洗礼〟イベントなのだろうーーと、私はそっと目を伏せた。


 背後を振り向いたアンジェリカは蒼白になり、声にならない声で耳打ちしてくる。


「無理無理無理無理無理ですよおお……っ!! ドラゴニア、ベオウルフ、ベスティアの三国のお妃様のお相手なんて、そんな国家最高クラスのファビュラスなセレブ相手に、平民出のわたしがどんな話題で盛り上がれるっていうんですか……っっ!?」


「大丈夫よ……! 貴女は私の弟子であり、立派なヒロインなんだから……っ!」


 ゲーム上、《流行》が200もあれば、王妃のサロンでだって堂々と立ち回れるはずだ。


 ビシッ! とサムズアップを決める私に、しかし、アンジェリカは必死に追いすがった。


「まっ、ままま待ってください、師匠! ーーこの場を任されること以前に、師匠を行かせちゃいけないような気がするんですよ! すごく、嫌な予感がするんです……!!」


「嫌な予感……?」


 怪訝に首を傾げる私の隣で、シリウス兄様がふ、と嘆息した。彼はおもむろに手を伸ばし、アンジェリカの肩をポン、と叩く。


「心配はいらないよ、アンジェリカ嬢。なにがあろうとマリンローズは僕が守る。ーー安心しなさい」


「こ、公爵様……」


 優しく見つめられて安心したのだろう。アンジェリカは先ほどまでの不安そうな様子を忘れたように、明るく微笑んだ。


「わかりました! この場はわたしに任せて下さい!」


「ありがとう! それじゃあ、行ってくるわね」


 シリウス兄様に優しく手を引かれるまま、私たちは竜王陛下とともに歓談用に用意された別室へと移動した。


 


             ***


 


『なるほど……その秘薬の調合に、〝神竜の宝玉〟が必要なのですね』


「はい。我が王の命を救うため、どうか、竜王陛下の御助力を賜りたいのです」


 人払いの済んだ室内で、シリウス兄様が一連の事情を伝えてくれた。竜王陛下は絹張りのソファに腰掛けたまま瞼を閉じ、しばらく考え込んだ。


 なにかを知っている様子だが、話すことを躊躇っているようだ。


 ふたたび開かれた紅玉石の瞳に浮かぶのは、深い遺憾の色だった。


『……確かに、ドラゴニアには代々の王に伝わる〝神竜の宝玉〟の口伝があります。しかし、それを手に入れることは誰にもできない。王の命を救うには、別の方法を考えるべきでしょう』


「陛下。失礼を承知でお伺いいたしますが、それは、宝玉がドラゴニア竜王家の宝であるからですか? これは憶測ですが、ドラゴニアの国章は、その身に雷雨を纏いし竜がぎょくを抱いている。なんらかの手がかりになるのではと思っていたのですが」


 シリウス兄様の鋭い問いに、しかし、いいえと竜王陛下はかぶりを振った。


『その憶測自体は正しい。ーーですが、〝神竜の宝玉〟は、かつて聖女が魔王を封じた際に助力した、竜人族の王子を加護していた聖獣の力を指すのです』


「聖獣……!?」


「〝神竜の宝玉〟は、聖獣なのですか!?」


『ええ。口伝ではこう伝えられております。ーー魔王を封印石に封じたのち、聖女と竜人族の王子は結ばれ、息子をもうけました。しかし、魔王を封印する際、その寿命の多くを奪われてしまった聖女は、出産後まもなくして息を引き取ったそうです。息子はのちに偉大な魔法士となり、魔王の封印石の周辺に、聖女の偉業を讃える多くの聖殿と、それらを守る巨大な魔法結界壁を築きました。竜人族の王子は、愛する人の死と息子の成長を見届けたあと、ドラゴニアへ帰還して王となった。そして、アストレイアを去るとき、彼は自らの聖獣の力の半分を息子の魂に宿らせたのです。いつの日か、魔王の脅威がふたたび世界に訪れたとき。聖女の愛した地を守るように。ーー彼の魂に宿った聖獣の力。それが、〝神竜の宝玉〟と呼ばれるものの正体なのです』


 竜王陛下の言葉を聞くうちに、心臓の鼓動は焦燥に早まり、くらくらと眩暈がした。


 ーー甘かった。


 秘薬の材料はあと一つなのだから、きっとなんとかなるはずだと楽観視していた自分を、殴りつけてやりたい。


「そんな……! そんなもの、とても探しようがないです!

 一体、どうすれば……?」


「落ち着きなさい、マリンローズ。なにも、秘薬だけが王を救う手立てではないよ。ーー竜王陛下。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました」


 シリウス兄様の態度は冷静そのものだ。おそらく、友好国とはいえ他国の王の前で動揺を見せることを避けたいのだろう、と胸中のマリンローズが嗜めるのがわかった。


 確かに、普通なら、国家の君主が病に倒れていること自体、国政の弱みになる。前世で生きた日本は平和そのもの。こちらの世界も、ベスティア獣王国との紛争が終結してからは争い事のない世の中が続いているから、気が緩んでいた。


 ざわつく気持ちを抑え、ひとまずは、シリウス兄様に従い退室することにする。


(秘薬だけが手立てじゃない? それじゃあ、せっかく集めた素材が無駄になってしまったの? もしかして、私のパラメータが足りないせいで、攻略に失敗したとか……!!)



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