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九章②


 ベオウルフ公国。


 君主、アストレイア国王の王弟ルドルフ・ベオウルフ大公と、ベスティア獣王国王妃の妹であるティアナ王妃。二人は第一王子アルベルトと第一王女プリシラを筆頭に、八人もの子供をもうけた一夫一妻の仲睦まじい夫婦だ。


 長い紛争ののちに締結された和平協定を、本当の意味で結び付けたのは、この人間の王と獣人の王妃の婚姻だと言われている。


 二人は政略結婚でなく、和平協定締結を祝う夜会の場で出会い、偶然に恋に落ちた。当初、和平協定の締結には反対派も多く、継続は危ういものと思われていたが、二人が互いを思いやる姿が種族間の壁を取り払い、反対派の勢力を削いだのだ。


 この婚姻は、愛がもたらした奇跡として、今も語り継がれている。


 そんな国王夫妻が治める公国の、建国二十年を祝う特別なサマーパーティー。


 夕暮れとともに、続々と広間に現れる来客たちの装いをーー彼等が競うように纏う〝金の衣〟をーー眺めながら、ベスティア獣王国の獣人貴族たちはニヤリと牙を覗かせた。


 武器を用いず、物資と資本を用いて侵略を行う術を、彼等は砂上の商業大国シャンドラマハールとの取引の中で学んだのだ。


 〝金の衣〟の、社交界での評価は上々だ。


 今や、各国の王侯貴族たちはこの衣の虜である。


 付加価値とはなんと素晴らしいものだろうか。〝金の衣〟の価値が上がるほどに、彼等がそれを血眼になって求めるほどに、様々な交渉の場で優位に立てる。絹のドレス一枚で、他国の財と物資を好きなだけ貪れるのだから。


 ベスティア獣王国は国土のほとんどが開拓地だ。土地は痩せていて岩が多く、農業地に使えない。

 

 だからこそ、公国()の向こうにあるアストレイア王国の、肥沃な大地をどうしても手に入れたい。


 どんな手を使ってでも。


 獣人たちが牙を光らせたとき、奇妙なことが起きた。


 アストレイア王国の王子レオンハルトと、その婚約者、公爵令嬢シルヴィアの名が読み上げられたのだが、彼等が会場に現れる前に、新たな名が続けて呼ばれたのだ。


 〝天雷の魔女〟マリンローズ・メルリーヌ。


 しかも、お相手は犬猿で知られるあの〝氷麗の公爵〟シリウスロッド・フレースヴェルグ公爵だ。


 読み上げられる名はなおも止まらず、続いてはドラゴニア竜王国王子セオドール・ドラゴニアと、アンジェリカ・ロードナイツという耳慣れない令嬢が呼ばれた。


 さらには、ベオウルフ公国王子アルベルトと王女プリシラの名前までもが響き渡る。


 だが、誰一人として現れない。


 まさか、まとめて欠席なのかと騒然となったーーそのとき。


 大きく開け放たれた扉から、一団が姿を現した。


 それまで誰も目にしたことのない、斬新な衣装を纏って。


「な、なんだ……あのドレスは……!!」


「なんて美しい……!! 一体、どこの店の品ですの……!?」


 優雅にたなびく、雲の如き白絹。


 女性陣が纏うそれは、これまでベスティアの獣人たちが散々おとしめてきたアストレイア王国の〝聖女の衣〟に他ならなかった。


 だが、袖が床につくほど長い。胸元に幾重にも重なった合わせがあるその様式は、どう見てもドラゴニアのものだ。しかし、きりりと締められた金の帯から下は、紛うことなきドレスである。それも、見たこともない上質な白絹に、薔薇や紫陽花、桜花に向日葵など、四季折々の花々が金糸の刺繍で絢爛に描かれている。


 そして、同じ百花模様の施された色羽織をなびかせる、男性陣の凛とした華々しさたるや。


 会場の貴婦人たちは揃って黄色い声をあげた。彼等が羽織の下に纏うのは元要塞都市であったベオウルフ公国の伝統的な軍服だ。それなのに、ドラゴニア風の華やかな色羽織をマントのように合わせると、何故これほどまでに艶があり、魅力的に映るのか。


 そうして、誰もが気がついた。


 百花模様に思えた金糸の刺繍の真の意味合いに。


 薔薇はアストレイア王国、紫陽花はベオウルフ公国、桜花はドラゴニア竜王国、向日葵はベスティア獣王国の、それぞれの国花なのだ。


 この衣装の作り手は、四つの国の象徴とその伝統を、見事に調和してみせたのだ。

 

 二度と、この地に争いが起こらないよう願いを込めて。


 この意味を取り違える者など、いるはずもない。


 来客たちに向かい、一団が揃って礼を取ると、会場は割れんばかりの大喝采に満たされた。



 

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