九章①リメイクされた乙女ゲームの断罪エンドを回避しようと思います!
サマーパーティー当日。
ベオウルフ公国へと向かう王族専用馬車が、広大な小麦畑の合間の街道を行く。
車輪が八個もついた十頭立ての大型特別馬車は、前世の世界でいうところのリムジンだ。楕円のテーブルを囲むふかふかのソファに、レオンハルトとシルヴィア、セオドール、私とアンジェリカが座っても、まだ余裕がある。
アルベルトとプリシラは一足先に帰国している。シリウス兄様は直前に急用が入ったため、出先から直接向かうとの知らせが届いた。
(パーティーは夕刻からだから、王城に到着し次第、ベオウルフ公国とドラゴニア竜王国の国王陛下夫妻に謁見。その後、シルヴィアがこの日のために仕立てたドレスで装備を整え、いざ戦場へと乗り込む予定……か。大丈夫。シルヴィアも私たちも、やれることはすべてやったもの)
「ーーそれにしても、王族専用馬車での送迎なんて豪勢ね。ありがとう、レオンハルトくん」
「いえ。直前に、公爵に〝いにしえの秘境〟にある魔王の封印石の調査を命じてしまったのは私ですから。秘境の魔物が急増している原因を探るためとはいえ、お二人の時間を邪魔してしまい、心苦しい限りです」
にーっこり、と意味深に微笑む腹黒王子は、ひょっとしたら確信犯なのかもしれない。
シリウス兄様との一連のあれこれを白状し、彼等も一応納得してくれたと思っていたのだけれど。
「い、いいのよ! シリウス様は宮廷魔法士長だもの。ご多忙なのは仕方がないわ」
「公爵様……?」
ポツリと呟いたアンジェリカは、なぜかそのまま、眉根を寄せて考え込んでしまった。
「どうしたの?」
「い、いえ。師匠がうちで補修授業を開いた日、公爵様がお一人でお茶を飲みに来てくださったんです。なにか理由があったはずなんですけど、思い出せなくて……」
「あらそうなの! きっと、私があなたの話ばかりするから、会ってみたくなったのよ。どんな話をしたの?」
「お茶を飲んでおられる間、シルヴィア様のドレスのことをお話ししました。でも、まさかわたしの分まで作っていただけるとは思いませんでしたよ! パーティーに招待していただいて、本当にありがとうございます!」
礼にはおよびませんわ、とシルヴィア。
「わたくしのマガザンの針子たちを総動員致しましたのよ、五着も十着も変わりませんわ! 貴女は〝天雷の魔女〟が弟子と認めた優秀な魔法士。胸を張ってわたくしのドレスを纏いなさい!」
『……そうだよ。それに、アンジェリカのドラゴニア料理やスィーツのおかげで、とても体調がいいんだ。今日のパーティーにはお父様もご出席なさるから、改めてお礼を言わせてもらうよ』
「そ、そんな! 竜王陛下直々になんて、恐れ多いですよ!」
「いいじゃないの。それより、アンジェリカ。馬車の振動は魔法で軽減しているけど、お腹は大丈夫? あれからみるみる大きくなったわね。今すぐにでも産まれてきそう」
「今日はいつもより大人しいので、大丈夫ですよ。なにより、師匠のことが色々と心配ですし!!」
「ええっ? 確かにパーティーには慣れていないけど、社交界の華と呼ばれるシリウス様が一緒なんだから、大丈夫よ」
「それが最も心配なのですよ」
笑顔でのたまうレオンハルトに、深々とうなずくセオドール。
『……氷麗の公爵の艶聞は、ドラゴニアでも有名だ。タチの悪いものには、レオンハルト。君のお母上様との噂もあったよね?』
「流石にそれは、根も歯もない噂ですがね。ーー私の母は、フレースヴェルグ前公爵の姉君に当たります。公爵にとっては伯母ですから。後宮でお茶をすることくらいは容認されているのですよ。それを、悪意ある者たちが艶聞として広めたのです」
「おまけに、王妃様は昔から後宮に引きこもりがち。王がご病気になられてからは、次の子供を作ることさえままならないのですわ。それらがすべて、不仲の噂として囁かれているのです! まったく、馬鹿馬鹿しいですこと!」
なるほど。ということは、シリウス兄様とレオンハルトは親戚関係なのだ。
どうりで、顔立ちがよく似ているはずだとレオンハルトを眺めていると、鼻先に銀の扇子を突きつけられた。
「お兄様についても同じですわ。麗しいお兄様との艶聞は、一流の淑女たる証。貴婦人たちにとってはむしろステータスなのです。つまり、その噂の数だけ公爵夫人の座を狙っている令嬢がいるということ。今回のパーティーでは、女の戦が巻き起こるはずですわ。皆、メルリーヌ女史を試しに来ますわよ!」
「た、試すって、一体どうやって……?」
「そうですわね。まずは、話題の中心になれるかーー社交性を試されると思いますわ。これも社交界の洗礼ですけれど、グラスの数だけワインをかけられると覚悟しておいた方がいいですわね?」
「シルヴィア嬢……いくらなんでも〝天雷の魔女〟のドレスにワインをかける命知らずはいないでしょう?」
「甘いですわ、レオンハルト様! わたくしがお兄様の妹でなかったら、樽ごとぶちまけてやりますもの!」
シルヴィアならやりかねない。念のために、ドレスには防水魔法をかけておこうと苦笑したとき、馬車の窓の外に、丘の稜線に沿う石積みの長城壁が見えてきた。
「見えたわ! あれが有名な要塞都市国家、ベオウルフ公国ね!」
いよいよだ。
シルヴィアの断罪エンド、絶対に回避してみせる。




