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七章⑩


 シルヴィアの叫びも虚しく、プリシラは手渡されたデザイン画に目を通してしまう。


 深く被ったフードの奥で、彼女はあっと驚きの声を漏らした。


「なんて美しいドレスでしょう……! しかも、こんなにたくさん……これを、フレースヴェルグ嬢がわたくしのために?」


「断じて違いますわっ!! わたくしはただ、貴女の野暮ったいフードやマントが見苦しかっただけですの!!」


「シルヴィアさん、そうツンツンしないで。そうだ、私のドレスを作ってくれたお礼も言わないとね。デザインがおしゃれなのも勿論、黒板に文字を記すときも袖が邪魔にならないし、立ち仕事もしやすいし、とても着心地がいいわ。相手をよく観察している証拠ね」


「ーーっ!!」


 真っ赤になったり真っ青になったりしながら絶句するシルヴィアに、プリシラとともにデザイン画を見ていたアルベルトが、なんとも複雑そうな顔をする。


「メルリーヌ女史……つまり、これはどういうことなんだ?」


「シルヴィアさんに、プリシラ姫に対する敵意なんかないということよ。前に貴方が目撃した、粗末なドレスを着た令嬢にも、新しいドレスを何十着も仕立ててあげたみたい。彼女は美しいドレスをなによりも愛しているの。だから、プリシラ姫のドレスを破くなんて、ありえないのよ」


「……っ! そ、んな……」


「メルリーヌ女史。いやがらせの犯人がこの樹の精霊だとはっきりさせるために、宿っている精霊を召喚するのはいかがでしょう?」


 レオンハルトが、ガーデニアの幹に手を当てながら言う。


 確かに、真偽を確かめるにはそれが一番手っ取り早いのだが、私は首を振った。


「それは危険だと思うわ。もとより精霊は、信用した人間にしか姿を見せないものだもの。プリシラ姫に悪気はなかったけれど、彼女は精霊の住処に勝手に花壇を作って、荒らしてしまった。精霊はとても怒っているのよ。召喚した途端に、敵意をあらわに襲いかかってくる可能性だってある」


「なるほど……では、精霊たちはいやがらせをしていたのではなく、これ以上住処を荒らすなと警告し続けていたのですね?」


「その通りよ。物を壊されたり、持ち物が無くなったり、背後から耳や尻尾を掴まれたりしたのもそのせいね。なにより、犯人を目撃した者がいないということが証拠だわ。精霊は高位の魔法士でもないかぎり、召喚魔法を使わないと見ることはできない。魔法水晶に誰も映らなかったのは、そういうわけ」


「ま、待ってくれ! どうしてプリシラだけに危害を与えたんだ!? 俺も一緒に花壇を作ったが、なにも起こらなかったぞ!」


「そ、それは……きっと、アルベルトくんの顔が怖かったからーー」


「ああ!?」


『……それはきっと、アルベルト王子を加護している大地の聖獣のお陰だよ』と、議論の穴を突かれて慌てる私を、セオドールが冷静に補足する。


『……君の身は強力な精霊が守っているから、手出しができなかったんだ。でも、プリシラ姫は聖獣の力の証である耳や尻尾があることを嫌がって隠していたから、その加護が弱まってしまったんだよ』


「なん、だと……?」


(加護が弱まる……そうか、だから、プリシラのパラメータを見たとき、《魔力》の値が30しかなかったのね。王族に宿る聖獣は、代々その血筋を加護して来た強力な精霊だもの。本当はもっと高いはずなのよ)


「すべては、わたくしの自信のなさが招いたことだったのですね……」


 震える声で呟き、プリシラはガーデニアの樹の前に進み出た。


 真白く細い手が、深くかぶっていたフードを取り払うと、白銀色の美しい髪が方を滑り落ち、同じ色の毛並みをした三角の耳があらわになった。


 その横顔は、見惚れてしまうほどの美少女だ。薔薇色の頬に、影を落とすほど長い睫毛。まだ幼さの残る顔立ちに、ケモ耳と尻尾までついているのだから、可愛いに決まっている。


 彼女はゆっくりと息を吸い込んだ。


「麗しきガーデニアの大樹に宿し精霊よ……! わたくしはベオウルフ公国が王女、プリシラ・マリア・ベオウルフ。この学園に馴染めないことを、ずっとこの見た目のせいにしてきました。でも、本当はとっくにわかっていたのです。疎外されてしまうのは。他人の目に怯えてしまう、臆病な自分に問題があるのだと。でも、それを認めたくなくて……目を背けて、逃げていました」


 彼女の言葉に呼応するように、辺りに漂うガーデニアの香りがぐっと深まるのを感じた。


 甘い香りとともに、大樹を中心に地属性の魔力が高まっていく。


「大地の魔力に満ちたこの場所に来ると、故郷のベオウルフ公国に帰ったような心地がして、とても心が落ち着いたのです。たくさんの花が集まって咲く紫陽花は、ベオウルフ公国の国花であり、家族や仲間の絆の象徴。この時期は国中が色とりどりの紫陽花で満開になるのです。ここに紫陽花の花壇を作ったのは、自分が安心して逃げ込める場所が欲しかったから。自分の身勝手で貴方の住処をーー大切な家を荒らしてしまって、本当に、ごめんなさい……!!」


 瞬間、頭上に咲き誇る大輪のガーデニアの花が、花吹雪となり舞い散った。


 その美しさに、集まった皆が歓声をあげる。


「これは……」


「許してくれたのよ。この樹の精霊は、ずっとここで学園の生徒たちを見守ってきた。言うなれば先生の先輩よ。生徒の犯した誤ちを正し、導くのが教師の役目だわ。ーーそうでしょう?」


 私の目には見えていた。


 ガーデニアの樹上に、純白の花の花弁のはねを持つ美しい精霊が、優雅に羽ばたいているのが。


(梔子……口無し、か。なるほど、だから蚕なのね)


 辺りを漂う花の香りは、ふわりと微笑むように優しい。


 もしかしたら、プリシラにもその姿が見えているのかもしれない。


 ありがとう、と彼女が樹に向かって呟いたとき、舞い散る花の一輪が、そっとその髪に飾られた。





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