七章⑧
魔力を高め、〝杖〟の先端に集中させる。
やがて、高密度に練られた雷の魔力が、バチバチと火花を散らし始めた。
「今よ、セオドールくん!!」
『……わかった。結界を解くよ!』
積み上げた煉瓦が崩れ落ちるように、結界壁の上部から穴が空く。その向こうに、シルヴィアの聖獣である巨大な白銀の鷲と、漆黒の人狼と化したアルベルトの姿が見えた。
瞬間ーー
「壮麗なる天雷の聖獣よ! 千の豪雷を轟かせよ! 蒼穹に閃きたる光にて、あまねくすべてを照らしたまえ! 〝白雷の閃爆〟!!」
大気を揺るがすほどの雷鳴が耳をつんざき、目の前のすべてが真っ白に染まった。遠方からこの光景を見たものは、空から降り落ちる巨大な光の柱を目にしたことだろう。
これは、衝撃波を伴う音と強烈な光で魔法士の意識を奪い、魔法の行使を阻止するための魔法ーーいわゆるスタングレネードだ。
隙を突かれたシルヴィアとアルベルトには、効果的面だった。
眩い光がおさまると、聖獣の姿は消え、二人は向かい合ったまま直立していた。やがて、どちらともなく地面に倒れる。
「フレースヴェルグ嬢……!!」
レオンハルトがすぐさまシルヴィアに駆け寄り、彼女の身を抱き起す。呼びかけに瞼を開いたシルヴィアは、至近距離にある彼の顔にたちまち赤面した。
(よかった……この様子なら、関係改善の余地はありそうね。シルヴィアが散財しているという誤解を解けば、断罪エンドを阻止できるかもしれないわ。ーーでも、まずは最悪のデッドエンドを回避しなくちゃ!)
シルヴィアはレオンハルトとシリウス兄様が介抱してくれているので、私はセオドールとともにアルベルトに駆け寄った。
彼は気を失ってもなお漆黒の体毛に覆われた人狼の姿をしていたが、しだいに身体が縮んで元のアルベルトに戻っていった。
彼の影になって気づかなかったが、プリシラ姫も寄り添うように倒れていた。小さくうめいて起き上がり、滑り落ちかけていたフードを深く被り直す。
「メルリーヌ、女史……? わたくしは、一体……確か、お兄様とフレースヴェルグ嬢が聖獣を暴走させて……」
「二人の争いは私が止めたわ。アルベルトくんも、じきに目を覚ますでしょう」
プリシラ姫はかたわらに眠る兄の姿を見て、フードの奥から安堵のため息を漏らした。
「それにしても、獣人族の聖獣召喚って不思議ね。プリシラ姫と違ってアルベルトくんには耳や尾がないのに、見た目が人狼のようになるんだもの」
『……獣人や竜人は〝杖〟でなく魂を依代にしているから、召喚しても聖獣が身体から離れないんだ。アルベルト王子に獣の耳や尾がないのは、単純に、持って生まれた聖獣の力の抑制力に優れているからだよ。でも、常に力が抑制されているから、一度暴走すると手がつけられなくなるんだ』
「えっ!? なら、力を抑制しなければ、アルベルトくんにも耳と尻尾が生えるの?」
おそらくね、とセオドールがうなずいたとき、アルベルトが短くうめいて起きあがった。
「アルベルトくん!」
「……セオドール王子……今の話は本当か? 聖獣の力を抑制できるようになれば、プリシラも人間そっくりになれるのか?」
その言葉に、プリシラ姫はハッと息を飲む。
『……なれるよ。でも、意図して隠すことと、生まれ持っての体質とは意味が異なる。獣人のその姿は、魂に宿る聖獣の力そのものだ。君たちは、その加護を恥じるというの?』
「ーーっ!? そんな訳があるか! 母から受け継いだこの血は、俺たちの宝だ! プリシラが自分の外見に悩まなきゃならねぇのは、その女のように、獣人を差別視する奴らがいるからだ!」
アルベルトは立ち上がりざま、怒りを込めた視線でシルヴィアを睨みつけた。
シルヴィアも、負けじと立ち上がる。
「言いがかりも甚だしいですわ!! いつわたくしがプリシラ姫を差別致しましたの!? シリウスお兄様、聞いてくださいまし! アルベルト王子は、わたくしをプリシラ姫へのいやがらせの犯人に仕立て上げようとしているのです! 先ほども、精霊の木の周りに姫が作った花壇をわたくしが壊したと言いがかりをつけてきたのですわ!」
「言いがかりじゃねぇ! 放課後、お前があの木の辺りをうろついていたのを見た奴らがいるんだよ。あんな裏庭の奥でなにをしていた!」
「そ、それは、貴方には関係ありませんわ! それに、あんな貧相な花壇、わざわざ壊さなくても勝手に壊れますわよ!」
「なんだと……!?」
「二人とも、そこまでっ!! まだ喧嘩を続けるつもりなら、もう一度雷を落とすわよ!!」
「ーーっ!?」
鋭く凄めば、二人はビクッと肩を震わせて凍りついた。
「わ、わたくしは悪くありませんわ……! 殿下も疑っておいでのようですけど、いやがらせの犯人はわたくしではありませんもの……!! お兄様! お兄様は信じてくださいますわよね!?」
「勿論だよ、可愛いシルヴィア。お前がドレスを破くことなどあるものか」
「フレースヴェルグ公爵!! 言わせてもらうが、アンタがそうやって甘やかすから、妹が好き放題に振る舞うんだろうが!!」
「おや、アルベルト王子には敵いませんよ。妹のために二度も聖獣を暴走させるなど、いくら僕でもそこまで甘やかせません」
悠然と微笑むシリウス兄様は、一枚も二枚も上手である。アルベルトはぐっと言葉に詰まったものの、納得のいかない顔でシルヴィアを睨んだ。
はい注目、と私は手を打ち鳴らす。
「そのことなんだけれど、先生、いやがらせの犯人が誰かわかってしまったかもしれないのよ」




