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七章⑦




            ***



 ーー盲点だった。


 まさか、プリシラ姫にいやがらせをしていた犯人に、そんな可能性があっただなんて!


「シリウス様、本当に一緒に来てくださるんですか!?」


 フレースヴェルグ家から馬車を走らせ、学園前へ。


 エスコートも待たず馬車から飛び降り、校舎を駆け抜け、渡り廊下の先にある王族寮を目指す。淑女にあるまじくスカートをひるがえす私を、シリウス兄様はとがめもせずに追いかけてくる。


「勿論だ。僕は君の婚約者なのだから、君を支え、心の拠り所にならなければね」


「ーーっ!? ま、まさか、レオンハルト王子との会話を聞いておられたのですか!?」


 走りながら、にっこりと肯定する彼。


 胸中のマリンローズが、恥ずかしさのあまり絶叫した。


「わ、忘れてください恥ずかしいっ!!」


「それはできないよ。ああ、そうだ。仕事のことはどうとでもしてあげるから、退職を理由に結婚を諦めるのはやめなさい」


 言葉を無くした私に、シリウス兄様はことさら麗しく微笑んでーーその表情が、不意に凍りついた。


 瞬間、渡り廊下の床が波打つように揺れ、目指していた先の王族寮から、凄まじい勢いで魔力が噴出するのを感じた。


「な……っ!? こ、この魔力は一体ーー」


 ひとつは、大地を揺るがす地の魔力。


 もうひとつは、暴風を巻き起こす風の魔力だ。


「マリンローズ! 早く、僕の側へ! ーー冷厳なる氷麗の聖獣よ。美しき御手の内にて我らを守りたまえ。〝氷精の加護(アイシクルブレス)〟!」


 地響きに膝が崩れ、暴風に吹き飛ばされそうになるのを、シリウス兄様の力強い腕にしっかりと支えられた。周囲の空気がキン、と張りつめ、透明な硝子を幾枚も張り合わせたような、氷晶の結界が私たちを包み込む。


 数多の聖獣の中でも、天雷と並び立つほど稀有で強力な、氷麗の聖獣。


 シリウス兄様は、その加護を授かる唯一無二の魔法士だ。


「ありがとうございます、シリウス様」


「君を守るのが僕の役目だよ。ーー今のは、ただの地震や突風ではないね。おそらく、聖獣の発する怒りだ。学園の誰かが、聖獣を暴走させている可能性がある」


「聖獣を暴走!? まさか、あんなことがあったばかりなのにーー」


 驚きつつも、否定はできなかった。シリウス兄様が防衛の魔法を行使してくれたおかげで、振動や風はたちまち弱まったが、それらがおさまりきっても、なおも波動のような魔力がビリビリと伝わってくる。


 それに、胸中のマリンローズも彼の言葉を肯定していた。


「メルリーヌ女史、大変です!!」


 緊迫した声音に顔を向けると、回廊の先から、レオンハルトがこちらに向かって必死に走ってくるのが見えた。いつでも冷静な彼が、ここまで取り乱すのは見たことがない。


 彼は息を切らせて私の前にたどり着くと、なぜ公爵がここにいるのかと驚いた顔をした。


「レオンハルト王子。ご説明は後ほどに致しましょう」


「レオンハルトくん! この魔力はなに!? 一体、なにが起こっているの!?」


「ア、アルベルト王子とフレースヴェルグ嬢が、聖獣を暴走させているのです! 彼女がプリシラ姫の作った花壇を壊したのだと、アルベルト王子が彼女を問い詰めているうちに口論となり……プリシラ姫が必死に止めに入ったのですが、二人とも怒りに任せて聖獣を召喚してしまってーー周囲への被害を最小限に抑えるべく、セオドール王子が王族寮周辺に魔法結界を張ってくださっているのですが」


「なるほど。いくらドラゴニア竜王国屈指の魔法士であれど、二体もの聖獣の暴走を食い止めるのは不可能でしょう。マリンローズ、ここは僕に任せてくれ。君は、王子とともに避難していなさい」


「それはできません! 生徒を叱るのは教師の務めです!」


「メルリーヌ女史、フレースヴェルグ公爵。どうか、私も一緒に行かせてください……! このような事態を招いたのは、私の責任です。アルベルト王子が私の対応に不満を抱いていたのを知りながら、なにも対処できなかった。その上、婚約者であるシルヴィアが疑われているにもかかわらず、彼女を見放した……貴女に言われた通りです。私が彼女を支えていさえすれば、二人が衝突することもなかった……!!」


 白くなるほどに握りしめられた拳が震えていた。


 いつでも冷静なレオンハルトーーその冷静さを保つのに、彼は今までどれほどの努力を積み重ねてきたのだろう。


 王が病に倒れ、若輩の身で国政を担わされることになった十七歳の青年は、きっと、笑顔という壁を築くことでしか自分の身を守れなかったのだ。


 隙あらば私欲のために謀反を企てようとする強欲な大人たちから、王家を、国を、民達を守るために。

 

 彼は、かつて持っていた清純そのものの優しさを犠牲にしたのだろう。


 私は震える彼の手を両手で包み、強く握りしめた。


「ーーお供します、殿下」

 

「メルリーヌ女史……?」


「前にも言ったでしょう? 私は殿下の忠実な臣下。臣下とは主を支え、ともに困難に困立ち向かい、乗り越えるものよ。私は、なにがあろうと主である貴方について行くわ」


「……っ、ありがとうございます……!」


 レオンハルトに率いられ、私たちは渡り廊下の先の王族寮にたどり着いた。


 寮の周りは野次馬と化している生徒たちでいっぱいだ。彼等に即刻避難を言い渡し、建物の中へと駆け込んだ。


「セオドールくん、無事!?」


『……マリンローズ先生! よかった、まだ学園にいてくれたんだね……!』


 玄関ホールの奥にあたる中庭の入り口で、セオドールが庭全体を包むように、ドーム状の巨大な魔法壁を張っていた。

 

 私の声に振り向き、心底安堵した表情を浮かべる。


「本当にありがとう! 貴方のおかげで寮が壊れずに済んだわ! 二人は、この中で戦ってるのね?」


 こくり、と彼がうなずくのを確認し、私は左手の裾から教鞭を引き抜いた。


「セオドールくん。私が合図したら、魔法結界を解きなさい!」


『……で、でも、この中では風と大地の聖獣が争ってるんだよ!? そんなことをしたらーー』


「大丈夫! 先生を信じて。ーー三人とも、耳を塞いで目を閉じていて!!」



 

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