七章⑤
「なら、アルベルトくんが見た、シルヴィアが粗末なドレスの令嬢にボロ雑巾を着て視界に入るなと怒鳴っていたっていうのは……! しかも、その令嬢のためにドレスを仕立ててあげたんですか!?」
「シルヴィアはドレスを愛しているからね。纏うものを美しくするべきドレスが、醜さを表現していることが許せなかったのだろう」
しかも、何十着もとは恐れ入る。初めてシルヴィに会ったとき、取り巻きたちが彼女に似たファッショナブルなドレスを纏っていたのも、きっと同じような理由なのだ。
その他にも、シルヴィアは王都に仕立て屋や宝石商、香水店、靴屋、帽子屋、髪結屋などを合わせた大型高級店を三つも経営しているらしい。代理の経営者を立て、公爵家はあくまでパトロンという立場だが、実際はシルヴィアが店の経営から内装、接客、打ち出す商品に至るまでをプロデュースしているというのだから脱帽だ。
そのうちの一店舗、王都の目抜き通りに華々しくショー・ウィンドゥを広げる《グレイプニール》は、流行りに疎いマリンローズでさえ知っている、王家御用達の名店である。この店のドレスを纏うことが上流貴族のステータスであるとされ、この国で一、二を争うお針子が何人も所属している。
なにを隠そう、シルヴィアが登校拒否しているどころか学生寮にすらいないのも、パーティーシーズンを控えたこの季節、各店のドレスのデザイン業に追われているためだった。
「だ、だから、財政難にも関わらず、フレースヴェルグ家の市邸には、お針子たちや布地商、宝石商がひっきりなしに出入りしていたのですね!? 傍目にはシルヴィアが散財しているようにしか映りませんよ! 現に、レオンハルト王子は誤解していました……!」
「構わないよ。シルヴィアの本質を見抜けもしないような男に、可愛い妹を嫁にやりたくはないしね。それに、散財どころか儲けていることが知られれば、妬む輩も出てくる。考えてみなさい。シルヴィアの散財を馬鹿にしている者たちが、彼女のドレスに大金をはたき、公爵家を潤すのだ。《貪り喰らうもの》とはよく言ったものだ。実に、滑稽じゃないか?」
クックッと、口元に手を当てて含み笑うシリウス兄様は、流石、悪役令嬢の兄だ。悪役らしい悪い微笑みが板についておられる。
しかし、これでシルヴィアへの疑いは解けた。
「ありがとうございます、シリウス様。おかげで、シルヴィアと懇意にしている令嬢たちが、彼女を必死に庇う理由がわかりましたわ。〝彼女がプリシラ姫のドレスを破くはずがない〟。本当に、言葉の通りでしたのね」
「アルベルト王子の聖獣暴走事件は、僕の耳にも届いている。破かれたドレスは、王子が妹姫の誕生日に贈った最上級の一品だった。シャンドラマハール製の正絹と宝石類をふんだんに使い、ベスティア獣王国王室付きの針子が刺繍と縫製を手がけたそうだ。それを引き裂くなんて、犯人が見つかったら裁ち鋏で首をはねてやると、シルヴィアが怒っていたよ」
楽しげに笑いながら、シリウス兄様はデザイン画の束を手渡した。とても分厚く、中には同じモデルを対象にしたおびただしい数のドレスが描かれている。
モデルは狼の耳と尾を持つ、獣人族の少女だ。
「このモデルは……プリシラ姫ですか? 彼女のために、ドレスのデザインを?」
「頼まれたのではなく、シルヴィアが好きで描いているのだよ。姫は自分の外見を気にして、フードやマントで容姿を隠しているのだろう? それがどうしても我慢ならない、あんなに美しい耳や尾をなぜドレスに活かさないのかと、怒りを創作意欲に変えている。ちなみに、マリンローズ。君に贈ったドレスもそうして作られたものだ。よくもまああんな化石が埃をかぶったようなドレスを着続けられるものだと、たいそう憤慨しながらね」
「は、流行には疎いもので……なるほど、だからあんなにピッタリのドレスを、パーティーの翌日に贈っていただくことができたのですね。一体、どれだけ針子を急かしたのかと、家令たちが驚いていました」
「ふふっ、可愛いマリンローズ。君に贈りたいドレスは、僕が募らせた想いの分だけ作らせてある。ーーだが、今は別のものを贈るとしようか」
「別のもの……ですか?」
こちらへ、と手を引かれるままについていく。
ホールを抜けた先には小さな室内庭園があった。建物の中心にあたる場所で、深い草むらの中に東家があり、純白の薔薇の大樹が屋根のかわりをしている。
見覚えのある薔薇だった。
「この白薔薇、私に贈ってくださっていた花ですね」
「ああ。母が愛した花でね。よくここで、シルヴィアと一緒に刺繍やレース編みを楽しんでいた。……君は、以前にもこの庭に来たことがあるのだよ。覚えていないかな?」
「そ、そうなのですか? すみません、ちょっと思い出せないみたいで……」
マリンローズの記憶を探ってみたが、それらしいものは見当たらない。しかし、シリウス兄様は気にしないでと穏やかに微笑み、私をガゼボの中にある白いテーブルへと招いた。
その上に揃えられたものを見て、私はーー胸中のマリンローズは息を飲む。
「僕にとっても、とても大切な場所だ。ーーだから、マリンローズ。君に永遠の愛を誓うには、この場所が相応しいと思ったのだよ」




