七章④
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フレースヴェルグ邸。
王都の一等地に堂々と座す公爵家の市邸は、建材に稀少な黒曜大理石をふんだんに用い、東西に大きく棟を伸ばした独特のデザインから〝黒翼の鷲〟と誉高い。
この見事な市邸に招かれるのは、これで二度目だ。
前世の記憶を取り戻してからの話ではなく、人生において二度目だ。マリンローズはそれだけシリウスロッドという男性を毛嫌いしてきたし、関わるまいとして生きてきた。
シルヴィアの誕生日パーティーも、元婚約者のウィルフレッドにどうしてもと頼まれなければ、絶対に出席などしなかったのにーーという、胸中のマリンローズの愚痴めいた思いを感じ取りながら、シリウス兄様にエスコートされるまま、どこまでも広い屋敷の中を進んでいく。
広間を越え、廊下を渡り。およそ、ゲストが足を踏み入れてはいけない領域をとうに超えて、さらにその奥へ。
館を鷲に例えるなら、翼を広げた鷲は卵を抱いているのだが、その卵にあたるのが、広大な庭を挟んだ向かいにある別邸だ。
本館と違って基調は白。贅沢にも硝子張りの丸屋根を持つこの建物は、亡き母の療養のために造られた館なのだと彼は言った。
「今は、シルヴィアが自室として使っている。君に見せたいものは、この中だ」
「勝手に入っても良いのですか? シルヴィアに見つかったら怒られるのでは……?」
「大丈夫。今は留守にしているからね」
(それは、大丈夫と言っていいのかしら……?)
だが、シリウス兄様は悪戯っぽく片目をつぶってみせ、手にした鍵で館の扉を開けてしまった。
中に足を踏み入れた私は、目の前に現れた光景に思わず息を飲んだ。
「す、すごい……!!」
まるで色彩の洪水の中に、放り込まれたかのようだ。
硝子の丸天蓋を持つ吹き抜けのホール。その広い空間いっぱいに布が積まれ、トルソーが並び、様々なドレスがデザインを競い合うように飾られている。
この山のようなーーいや、実際に山と積まれているドレスがすべて、シルヴィアの散財の結果なのだろう。
(染めと刺繍が施された絹地、手編みのレースやシフォンのフリル、金糸や銀糸、宝石類で飾りつけてーードレスって、前世の世界の感覚ではオーダーメイドで着物を仕立てるようなものだと思っていたけれど、値段的にはきっと車が買えるわね。レオンハルトが辟易するのも当然だわ……!)
呆れを通り越して呆然としかけたとき、私の目はあるものに吸い込まれた。
ホールの壁面のいたるところに、人物画が描かれた大量の紙が貼りつけられている。
その中の何枚かに、見覚えがあったのだ。
「ネイビーのツーピースドレス……? これ、シリウス様が最初に贈ってくださったドレスのデザイン画ですよね?」
「覚えていてくれてくれたのだね。そう、これはあのドレスのデザイン画だよ。シルヴィアが君のためにデザインした、世界に一枚だけの特別なドレスのね」
「シルヴィアが……? ーーっ!? ま、まさか、ここにあるドレスはすべて、シルヴィアがデザインしたドレスなのですか……!?」
シリウス兄様はにっこりと微笑み、私の言葉を肯定した。
(なんてこと……! それじゃあ、今まで贈ってくださったドレスはすべて、シルヴィアが作ったものだったの……!?)
愕然とした思いで、ホールにあふれるドレスの山を改めて見渡した。
ほんの一瞬前まで、無駄遣いの産物にしか見えなかったものが、シルヴィアが手がけたものだと知った途端、まったく異なる輝きを放って見える。
何度も何度も書き直されたデザイン画。
何百枚と並ぶドレスに、似通ったデザインは一枚もない。
ベーシックで落ち着いたもの、大胆に主張するもの、華やかに目を惹きつけるものーー隅々にまで作り手のこだわりと意匠の詰まった、芸術品のようなこれらをすべて、シルヴィアが手掛けたのだとしたら。
「素晴らしい才能だわ……! 浪費家だなんてとんでもない。これは、あの子の研鑽の証そのものよ……!」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると信じていたよ。ーー僕たちの母は病弱でね。とても美しい人だったが、茶会やパーティーの席には滅多に出られなかった。だから、母は自分の代わりにシルヴィアを着飾らせ、彼女のためのドレスを自分で手がけるようになったのだ。シルヴィアがドレスのデザインを始めたのは彼女の影響でね。母が亡くなった後も、彼女のデザインを自分が引き継ぐのだと続けている」
「お母様のデザインを……?」
「そう。すべからく、創作によって生み出されるものには作家の魂が込められているものだ。シルヴィアは、この国のドレスのデザインの中に母の魂を残したいのだよ」
「この国の……? ーーそうか! 将来、彼女が国母となれば、纏うドレスは歴史書にも残るから……!」
「我が妹ながら壮大な野心だろう? 残念ながら、シルヴィアの才能を公にすれば、『王子の婚約者である公爵令嬢が、針子の真似などとんでもない』と下らない批判をする輩が出てくるから、このことは限られた者しか知らない。ーーだが、君の生徒たちの中にも、ここに出入りしている令嬢たちがいるよ。いつだったか、質素なドレスを着たクラスメイトを連れてきて、彼女のドレスを数十枚と仕立てたこともあった。男爵家の令嬢だったかな?」




