一章④
(困るもんですか!! むしろどんと来い! 学生時代の後輩と先輩ですって……? そんなもの、ニャンコをねこじゃらしであやすように、からかいまくって遊びたおして頂いたら結構ですーーというかこの方、悪役令嬢のお兄様なの!?)
気づくのが遅い。
ーーと頭の中の自分につっこみたい。
伝説の乙女ゲームプリプリの、伝説の悪役令嬢、シルヴィア・フレースヴェルグ。お人形さんのように美人だが、完璧主義かつ常に上から物を言う高慢ちきな性格。期待を裏切らない縦ロール。
平民ながら魔法士学園に入学したヒロインを、あの手この手で貶めに来る憎き恋敵は、当然とばかりにレオンハルトの婚約者でもある。
そのお兄様がキャスティングされるとは、これぞリメイクの醍醐味。製作スタッフに愛がある。我々が求めているものを、わかっていらっしゃるのだ。
以上のことから、このシリウスロッドが新プリで追加された攻略キャラクターであることは間違いないだろう。
しかも、このラスボスのごときパラメータ数値ときたら、どうだ。きっと、彼はただの属性補充のために追加された新参キャラではないのだ。
あの伝説の初見乙女ホイホイにして初見乙女キラー、レオンハルト・ジーク・アストレイアに対抗すべく生み出された、最新型高難易度攻略キャラクター。
グッズ商戦の要であると推察される。
なんという強敵だ。
プリプリは箱推しーー全プリンスが最推しーーを貫いてきた成海しずく的には、その絶対的信念を覆されそうで激しく咽び泣き、戦慄いてしまいそうだ。
思わずぶるっと身震いすると、精巧な芸術品のような相貌がハッと驚きに変わった。
「マリンローズ……まさか、泣いていたのか?」
「泣く……? ーーっ、い、いえ、違うんです! これはーー」
気がついたら頬に涙まで伝っていた。
新プリの攻略対象に銀髪美形お兄様キャラが追加された喜びのあまり、脳内で咽び泣いていましたとは言えない。
なので、次ぐ言葉を失って黙っていたら、シリウスロッドは仕方がない人だと苦笑して、パチンと指を鳴らした。待機していたのか、黒馬の引く四頭立ての馬車がすぐさま広場に現れる。
「可哀想に、肩も震えている。これを羽織っておきなさい。屋敷へは僕が送り届けよう。さあ、こちらに」
「あ、ありがとうございます……じゃなくて!」
「うん?」
脱いだ上着を私の肩に着せ、そっと手を取り、優雅な仕草で馬車の中へとエスコートする。そんな若き公爵様のエレガントさに、うっとりと流されそうになった私を、『待ちなさい!』と、マリンローズの意識が叱咤した。
そうだ、よく考えたら、彼は今夜のパーティーの主催者ではないか。
馬車に乗る直前で足を止めた私を、不思議そうに見つめる彼を見上げて言う。
「そ、それはいけないのではないですか? パーティーはまだ終わっておりません。主催の閣下にお席を外させるわけには参りません」
「主催は僕でも、主役はシルヴィアだ。今宵は妹の誕生日パーティーだからね。彼女が会場にいれば、なにも問題ない」
「そんなわけがありません! それに、私は先ほど婚約破棄を言い渡されたばかりの不名誉な令嬢です。そんな私と姿を眩ませば、噂好きの貴族たちにどんな吹聴をされるかーーきゃっ!?」
身体を引き寄せられると同時にフワリと足元が浮く。なんと、彼は私を抱き上げたまま、さっさと馬車へと乗り込んでしまったのだ。
ぐらついて、落ちてしまいそうになるのが怖くて、目の前の首元に必死にしがみつけば、クックッと白い喉が揺れた。
(か、からかって遊ぶって、こういうこと……!?)
「お、おろ、下ろしてくださいっ!」
「こら、暴れると落としてしまうよ。もう下ろすから、ほら……」
言葉の通り、私の身体はストンと下ろされたーーただし、天鵞絨張りの席ではなく、彼の膝の上に。
悪戯っぽく微笑まれ、慌てて立ち上がる。
「閣下っ! からかうのもいい加減になされませ!」
「あはは! そうそう、その怒鳴り方。それでこそマリンローズだね」
アイスブルーの瞳を屈託なく細め、彼は憤慨する私の手を優しく引いて、今度はきちんと隣席に座らせた。
ごく自然な仕草で、耳元に唇を寄せる。
「……無粋な輩には好きに言わせておきなさい。泣いて震えている君を放って置けるほど、僕は冷酷ではないのだから」
「……は、い」
出せ、と彼が命じると、馬の鳴き声と蹄の音がして、馬車はゆっくりと進み始めた。
(ち、近いわ……! いくら攻略対象でも、ちょっと序盤から距離が近すぎない? 一人称が僕、からの強引俺様キャラとかツボすぎる……! そもそも私が転生したのはサポキャラであってヒロインじゃないのに、確実にシリウスロッドルートのデートイベントが始まっている気がする……!)
武者震いのあまり、触れ合う肩から震えが伝わってしまったのだろう。すかさず、寒いかい? と肩を抱かれ、フワリと漂う花の香りのコロンがいい香りすぎてもう無理、死んじゃうと思ったのも束の間、私の身体はサッと立ち上がり、彼の対面の席に移動してしまった。
これまでに染み付いた、マリンローズとしての自然な行動である。
シリウスロッドは軽く両手を挙げ、すまない、と苦笑した。
「からかいすぎたね。ーー早く、いつもの君に戻って欲しいと思ったのだよ。大丈夫かい? 私財まで手放して、自棄になってはいないかな?」
「……お心遣いだけ、頂いておきます。自棄になってなどおりません。彼の心が離れてしまったのは、私が至らないせいでもあるのでしょう。ブライトナー侯爵御夫妻には、婚約を破棄すればご迷惑をおかけしてしまうのですから、せめて、ご領地の財政を立て直す助けになって差し上げたいのです。あの方達は、二十四にもなって貰い手のいない私に、本当の娘のように温かく接してくださいましたから……」