七章②
「な……っ!? レオンハルトくん! 貴方がシルヴィアさんを庇うのは、婚約者への愛情からではなく、政治のためなの……!?」
「そうなりますね。私と彼女が婚約を結んだのは愛情からではなく、生まれ持った義務ですから」
「そ、そんなの……そこまで割り切るだなんて、あんまりじゃない! ともに義務を果たしていこうというのなら、絆や愛情を切り捨ててはいけないわ! 今回のことだって、婚約者である貴方がシルヴィアさんを支えて、心の拠り所にならなくてはならないのではないの!?」
「ーーっ! ……それこそ、ただの理想論では? 大体、義務だとでも割り切っておかなければ、彼女との婚約などとっくの昔に破棄していますよ」
「なん、ですって……?」
「フレースヴェルグ嬢は、幼少の頃から贅沢好きで、我儘で、山のようなドレスや宝飾品を持っているのに、満足するということを知らない女性です。王が病に倒れて情勢が混乱する中、魔物の増加により領地が荒らされ税収が減り、財政は逼迫している。それなのに、公爵家には王都の一流店のお針子や、布地商や宝石を扱う商人たちが絶え間なく出入りしている。そんな浪費家が王妃に相応しいとお思いですか?」
「レオンハルトくん……」
彼が浮かべているのは、笑顔などではなかった。
仮面だ。
ただ顔に貼りつけているだけの笑顔の仮面の裏側から、彼が押し殺しているドス黒い感情が滲み出している。
それは、彼に加護を与えている焔炎の聖獣ーー焔炎の翼と鬣を持つ獅子の怒りとなり、高まる魔力が可視化して、鮮やかな炎となり燃え盛った。
「学園での成績も悪く、挙げ句の果てには不登校。そんな相手と絆や愛情を育めるはずがありません。ーーそれに、互いの目的のために婚約を交わしているのは、メルリーヌ女史。貴女も同じではありませんか?」
轟々と激る炎を背に、レオンハルトの碧の瞳は氷のように冷ややかだ。
私はじっとその目を見つめたあと、ゆっくりと首を振った。
「それは違うわ……。確かに、公爵様が私に婚約を申し込んだのは、求婚者を退ける虫除けにしたいからだと言われたけれど、私はちゃんと彼のことを想っているもの」
「は……? ま、まさかとは思いますが……面と向かって虫除けだと言われた上で、彼との婚約を了承されたのですか……!?」
「ええ。最推……大切な人の力になれるなら、なってあげたいの。たとえ、偽りの婚約者でもね。それに、アストレイアの法律では、結婚した貴族の女性は仕事を持てないでしょう? 教職は私の天職だから辞めたくないし、結婚する予定もないから、丁度良いのよ」
瞬間、レオンハルトの笑顔の仮面が崩れ去った。同時に、彼の背に燃えていた怒りの炎も幻のようにかき消える。
笑顔の仮面は完全に剥がれ、普段の平静さは微塵もない。
彼は得体の知れないものを見る目で私を睨んだあと、怒鳴るように言い放った。
「申し訳ありませんが、そのような不毛な想い、私には理解できません……っ!!」
「あっ! 待って、レオンハルトくん!!」
走り去る彼の腕に手を伸ばす。
ーーけれど、あと少しのところでその腕を掴むことができなかったのは、ふと胸に浮かんだ嫌な予感のせいだ。
(変だわ、……ヒロインがいないのに、どうしてレオンハルトとシルヴィアの仲がここまで険悪なの? 通常ルートでは、レオンハルトとシルヴィアの仲が悪い場合は、彼女がヒロインに対して行っていたいやがらせを断罪されて、婚約を破棄されてしまう断罪エンドがあったけど……も、もしかすると、ハードモードではそのいやがらせの対象がプリシラ姫なんじゃ……!?)
考えれば考えるほど、辻褄が合う。
もし、シルヴィアの悩みが〝レオンハルトとの不仲〟だとしたら、ハードモードではそれが悪化。公爵家の力を削ぎたい有力貴族たちが、シルヴィアの代わりに公国の姫君であるプリシラを王妃にと言い出す可能性は大いにある。
その結果、プライドを傷つけられたシルヴィアが、プリシラに対して敵意を持ったのだとしたら。
「……嘘」
レオンハルトが去り、誰もいなくなった廊下に、私は茫然と立ち尽くした。
もしこの予感が的中していたら、どんなことをしてでもシルヴィアを止めなければならない。
しかし、レオンハルトが言った通り、明確な証拠もないのに彼女を問い詰めれば、それを悪用する者たちによって、事態はますます悪化してしまう。
どうにもならないわ……と、胸中のマリンローズが呟いた。
最初から、無理なことはわかりきっていたのだ。
所詮、私はこの世界の脇役でしかない。
ヒロインの真似事はできても、本物の絆は築けない。その証拠に、あれだけ苦労してあげた【好感度】も、あんな言葉ひとつで簡単にさがってしまう。
どれほど生徒たちを大切に思おうとも、彼等の未来を守りたくても、脇役でしかない自分には、ヒロインの持つ奇跡のような力はない。
彼等を救うヒロインにはなれないのだ。
デッドエンドを退けることなど、できるはずがない。
(ーー駄目よ!! そんなこと、絶対に認めちゃ駄目……!! できるできないの話ではないの、立ち止まっては駄目なのよ。駄目、なのに……!!)
大切な生徒たちと一緒に、幸せな卒業式を迎えたい。
もう二度と、悲しい目には遭わせたくない。
絶望の中、惨たらしく命を奪われることも。
愛する家族をその手で殺めさせることも。
級友の手で処刑されることも。
絶対に、どんなことがあっても止めなければならないのに。
「なにか、他に方法があるはずよ……なにか……あるはずなのよ……!」
だが、なにも浮かばない。
泣いている暇があるなら考えろと叱咤しても、鼻の奥が勝手に痛くなって、涙が勝手にあふれていく。
項垂れた拍子に、眼鏡のレンズの上で水滴になった。眼鏡を外して拭おうとした、そのとき。
「……愛しいマリンローズ。君は、いつでも一人きりで泣いているね」
「ーーっ!」
そっと、背後から伸びてきた腕に身体を包まれた。




