六章⑧
「アルベルトくんは、シルヴィアさんがいやがらせの犯人だと疑っているのね。ーーもちろん、誰が犯人でも厳しく罰するわ! でも、貴方がそう思うのはどうしてなの?」
「どうしてって……なら、逆に聞くが、一国の王女であるプリシラにいやがらせができるような奴が、公爵令嬢以外にいるのか?」
大きく嘆息しながら、アルベルトはふたたび席に着く。
確かに、そこらの下流貴族なら即刻絞首刑ものだ。だが、アストレイア王家に多くの妃を嫁がせ、血縁的にも結びつきの深いフレースヴェルグ公爵家の令嬢であれば、恩赦は多大である。
冷たい緑茶をすすりつつ、一連を聞いていたセオドールは、こてんと首をかしげた。
『……つまり、ただの消去法で証拠はないということ?』
「証拠なんざいくらでも隠せるさ。シルヴィアは、身分の低い者や獣人族に対して差別的な奴だ。学園でも、質素なドレスしか着れない下流貴族の令嬢に、ボロ雑巾を着て自分の視界に入るなと怒鳴りつけていやがる。自分が一番注目されていないと我慢できない、派手好きの目立ちたがり屋。ーーだが、プリシラが入学したとき、その美しさに誰もが目を奪われた。あいつは、自分よりも器量も成績もいい半獣人のことが気に入らねぇんだよ」
「そ、そう……」
(どうしよう……! ただの言いがかりかと思ったけど、ものすごく説得力があるわ! プリプリのシルヴィアも、同じような理由で平民出のヒロインのことをいびっていびっていびりまくっていたもの……! ーーでも、これだけは言える)
シルヴィアは悪役令嬢だが、悪人ではない。
些細な嫌がらせならともかく、プリシラを誘拐して耳や尾を切り落とし、斬殺するような真似は絶対にしない。
かつて、何百回とプレイしたプリプリの中で、彼女とともに学生生活を過ごした私には断言できる。
「シルヴィアさんを疑う理由はわかったわ。それで、いやがらせなんだけど、ドレスを破かれた以外はどんなことがあったの? 思い出すのは、辛いかもしれないけど……」
大丈夫です、とフードの中からプリシラが言った。
「そうですね……教科書を破かれたり、鞄を荒らされたり、ペンなどの持ち物がなくなったり……後ろから誰かに尻尾を引っ張られたり、作ったお菓子を盗まれたこともありました」
『……下らないけど、陰湿だね。それじゃあ、キミは犯人の姿を見たことはないんだ?』
「はい。ドレスを破かれたのも、授業の間でしたから。それに、学園の管理官にお願いして、廊下に設置された魔法水晶の記録を調べていただいたのですが、部屋に入った人物は映っていなかったのです」
(魔法水晶……この世界の、防犯用カメラのようなものね。映らないように姿を消す魔法はあるみたいだけど、シルヴィアの成績では、とても使いこなせないわ)
「そうだ! 破かれたドレスに、犯人の匂いは残っていなかったの? 獣人族は、人間よりも嗅覚が優れているんでしょう? シルヴィアはいつでも最高級ブランドの香水をつけているわ。希少な香料を使っているから、嗅ぎ間違えることはないと思うの!」
「匂いか……確かに残ってはいたが、あれは、あの庭のガーデニアの花の匂いだった。ドレスを贈った日、それを着たプリシラとあそこで菓子を食べたから、そのときに移ったんだろう」
「そう……それじゃあ、犯人に繋がる手がかりはまったく無いのね」
「手がかりはなくても、明確な悪意はある」とアルベルト。
「事件が起きた日、俺は真っ先にシルヴィアを問い詰めた。そうしたら、取り巻きの令嬢たちが、俺の目を盗んでプリシラを言及しやがったんだ。あいつらはシルヴィアの盲信者だ。大方、あの女に指示されたんだろう。シルヴィアがドレスを破くことなどするはずがない。属国の王女風情が公爵家の令嬢を貶めるなんて許せないと詰め寄られて、可哀想に、プリシラは泣き崩れちまったんだ……俺の国なら、全員不敬罪で投獄するところだ!」
「だから、アルベルトくんは怒って聖獣を暴走させてしまったのね。気持ちはわかるけれど、貴方は強大な大地の聖獣の加護を受けているのよ。その怒りは地を揺るがし大地を割る。一歩間違えれば、令嬢たちは地割れに巻き込まれて大怪我を負っていたわ。もっと聖獣を制御できるようにならなければね」
「ハッ! 怒鳴るたびにビカビカ雷を光らせてる雷教師に言われたくねぇな!」
「あれも制御方法の一つなのよ。怒りや悲しみ、憎悪など、力のある魔法士が強い感情を抑圧しすぎると、加護を与えている聖獣が怒って暴走してしまう。だから、小さな雷で発散させるの。地面には絶対に落とさないようにしているわ」
『……ボクも、悲しいことがあると、雨を降らせてスッキリするよ。竜人や獣人は人間と違って〝杖〟を持たず、魂を依代にしている。だから、魔法士の感情が聖獣に影響しやすいんだ。地震や地割れだと迷惑がかかるから、他の発散方法を考えないといけないね』
「傘を持ってない奴にとっては、雨も迷惑だと思うがな」
ぼやきつつ、アルベルトは冷たい緑茶を喉に流し込んだ。
深い憂いを漂わせる横顔に、ふと、アンジェリカに聞いたデッドエンドを思い出す。
この妹想いの心優しい兄が、一ヶ月後には両親を殺し、クラスメイトを斬首刑に処すだなんて信じられない。
まったく、どこをどうリメイクすれば……と考えて、ふと脳裏に浮かんだとんでもない可能性に、頭から氷水を被らされたような衝撃をうけた。
私の知る限りのシルヴィアは、いやがらせの犯人ではありえない。
ーーだが、それは二十年前にプレイした、プリンス&プリンセスでの彼女だ。
シルヴィアもまた、凄惨なリメイクの影響を受けていたとしたら?
嫌な予感に、鼓動が早鐘のように鳴り響いた。
『……マリンローズ先生、大丈夫……? 顔が真っ青だよ』
「都合の悪いことにでも気がついたか? やっぱり、犯人はシルヴィアなんだろう!」
「ち、違うわ! ーーと、とにかく、もう少し調査を進める必要があるわ。先生を信じて。必ず、犯人を突き止めてみせるから……!」
焦燥を隠しきれない私を、アルベルトは射抜くように見つめた後、勝手にしろとぞんざいに吐き捨てた。




