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六章⑥


「えっ? 怖がられてるのって、私!?」


「当たり前だろうが……泣く子も黙る〝天雷の魔女〟が、こんな可愛いカフェに来てんだぞ? 天変地異でも起こるのかと、怯えるのが普通だ」


「そ、そんなことないわ! 先生だって女子だもの、可愛いカフェに行くことだってあるわよ!」


「はあ? アンタが女史なのは関係ねぇだろうが」


 なんとも会話が噛み合わないが、プリシラは自分の勘違いに気がついたようだ。それにしても、マリンローズの恐れられようには驚きを通り越して呆れてしまう。まるで、野生の熊にでも出くわしたかのようなリアクションだ。


 そこへ、輝く笑顔でアンジェリカがやって来る。


「師匠ーーっ!! 来てくださったんですね! 見てください、この大盛況! 〝プティ・アンジュ〟夏のスィーツフェア、マリンローズ・メルリーヌ監修ドラゴニアスィーツ『わらび餅』、大当たりですよ!!」


「ええっ!? あ、あの作りすぎた『わらび餅』でフェアを開いたの!?」


 いいことを思いついたと言っていたのは、このことだったのか。アンジェリカがどうだと言わんばかりに見せてきたチラシには、味見をしたときの感想がバッチリ掲載されている。


「師匠のレビュー、大評判ですよ! こういうお店に来るはずのない意外な人物の高評価って、興味を惹きますからね。売り上げはがっつりマージンとして師匠にお渡ししますので、底をついた《リッチ度》をガンガン上げていきましょう!! ……って、もしかして、その方たちはーー」


 アンジェリカの澄んだ瞳が、こぼれ落ちるほどに丸くなる。


『……はじめまして。キミがマリンローズ先生のお弟子様だね』


「へぇ、〝天雷の魔女〟の弟子にしてはずいぶんと可愛いな」


 セオドールたちが順に挨拶をする。


 そのとき、私は重大な過ちを犯したことに気がついた。


 転生者、アンジェリカは戦線離脱したヒロインだ。自らの最推しへの愛を貫き、魔法士学園の就学権を放棄。ただの平民として生きてきた。


 わたしの弟子となったことで、セオドールの食事係に一任されたものの。受け渡しは従者を介するので、一国の王子である彼と直に接することはない。


 つまり。このとき初めて、彼女は出会ったのだ。


 新プリの攻略対象であるアルベルトとセオドールに。


 ーー結果、綺麗な水色の瞳から、大量の涙がダパアと溢れ出した。


『……わっ!? ど、どうしたの、いきなり泣き出すなんて……!』


「ずびません……っ! わ、わだじ、マリンローズ師匠の弟子の、アンジェリカ・ロードナイツでずっ! 妊娠中で情緒が不安定で……最近、なにかと涙もろくでええっ!!」


 「不意打ちは酷いですよ、師匠おお! 連れてくるなら連れてくるって前置いてくださらないと心の準備がああーーっ!!」ーーと、全身全霊で訴えるアンジェリカに、心の底から申し訳ないと思った。


「ご、ごめんなさいね、アンジェリカ! 生徒といえども王子様や王女様をいきなり連れてきたら、びっくりするわよね!? 配慮が足りてなかったわ……!!」


「大丈夫か? 身重の女性に無理は禁物だぞ、子ウサギちゃん」


「ーーっ!?」


(こ、ここでまさかの『子うさぎちゃん』……!? ずるいわ、アンジェリカ! 私だってまだ言われてないのに!)


 これがヒロインの持つ魅力カリスマか。いつでも毒蛇を見るような目で睨んでくるくせに、アンジェリカを見つめるアルベルトの視線は信じられないくらいに優しい。


 ずるい。


 しかし、致し方ない。


 ーーともあれ、泣き止んだアンジェリカに二階のバルコニー席に案内された私たちは、山盛りの『わらび餅』を心ゆくまで堪能した。ここは屋根もあり、花の咲きこぼれる庭を一望できる、ちょっとしたVIP席だ。


 他の客たちとも離れているので、話題を選ばず会話ができる。


 上品な仕草で『わらび餅』を口に運び、プリシラは金の瞳を輝かせた。


「美味しいです……! 濃厚な甘さの黒蜂蜜が、こっくりしたきな粉の風味によく合いますね」


『……〝ダークホーネットの黒蜂蜜〟は、冷たいお菓子にぴったりなんだ。削り氷にかけても美味しいよ』


「たしかに、甘みが強いのに後味がさっぱりしていて美味いな。この冷たい緑の茶も気に入った。これからの季節にピッタリだ」


 実は甘いものが苦手なアルベルトも、ツルツルと喉越しの良い『わらび餅』は気に入ってもらえたようだ。


 硝子のポットで氷出ししたドラゴニア産の緑茶は、アンジェリカがセオドールの食事係を引き受けるにあたり、報酬の一部として手に入れた最高級品らしい。


「本当に素晴らしいですわ……パティシエール・アンジェリカは母国でも有名ですもの。彼女のお菓子を、いつか食べてみたいと思っていたのです」


 純白の髪の間で、プリシラはガーデニアの花のように甘やかに微笑んだ。可愛らしい耳や尻尾を隠してしまっているのがもったいない。


 性格的にはプリプリに出てきた彼女と大差ないようだが、どうやら、外見へのコンプレックスが悪化しているらしい。


「わたくしも、趣味でお菓子作りを嗜んでいるのです。先日、お兄様が黒蜂蜜を採ってきてくださったので、クッキーを作ってみたのですが、強い甘みと独特の風味がうまく活かせませんでした……お兄様は、美味しいと食べてくださったのですが」


「当たり前だ。プリシラの作る菓子はどれも美味い」


『……二人は本当に、仲がいいんだね』


 セオドールがはにかむように微笑む。ふんわりと和やかな雰囲気に包まれて、プリシラの表情もずいぶん緩んでいる。


 話を切り出すなら、今しかない。


「アルベルトくん、プリシラ姫。今日は、一緒に来てくれてありがとう。ーー実は私、貴方たちとずっと話がしたかったの」


「待て!! 俺たちはセオドール王子の誘いで、『わらび餅』を楽しみに来ただけだ。アンタの話を聞くつもりはない!」


「ア、アルベルトくん! お願い、そこをなんとか……!」


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