六章④
歩調を早め、庭の垣根を抜けたとき。純白の花をこぼれるほどに咲かせた、ガーデニアの大木が現れた。
精霊の木だ。
ガーデニアは、梔子のこと。
梔子は香りが良い。青空から降る天気雨に、ジャスミンに似た甘い香りが含まれて、しっとりと漂っている。
ここは裏庭の一番奥にある。そのために手入れが行き届かず、木の周辺は荒れ放題になっていたのだが、誰がが庭を整えたのか、綺麗な紫陽花の花壇が並んでいた。
精霊の木の下にはベンチが置かれ、ゲームではここにプリシラが座っているのだがーーしかし、今日も彼女の姿はない。
「駄目みたいね……。プリシラ姫との出会いイベントを起こすにはどうしたらいいのかしら。アルベルトくんからうさちゃんクッキーを貰うとか……? それともやっぱり、『子ウサギちゃん』って呼ばれる必要があるのかしら?」
『……子ウサギちゃん?』
「うっひゃあ!?」
振り向けば、セオドールが驚いた顔をしていた。
傘がないのはお互い様だが、彼は私と違って濡れてはいない。よく見ると、雨のほうが彼を避けている。
流石は、水属性の聖獣の加護を持つ竜人王子。水の精霊の加護がここまで手厚いとは。
「び、びっくりした……! セオドールくん、いつの間に後にいたの?」
『……授業終わりに声をかけようとしたんだけど。急いで行ってしまったから、追いかけたんだ。でも、いくらなんでも驚き過ぎだよ……!』
両手で顔を覆い、背中を丸めてプルプルと震えるセオドール。
どうやら、さっきの「うっひゃあ!」が笑いのツボにハマってしまったようだが、微笑むことは多々あれど、こんな風に爆笑する彼を見たのは初めてだ。
「は、恥ずかしいから、そんなに笑わないで。それで、私になにか用?」
『……ごめんね。ーーあのね、ボク、どうしてももう一度、あの『わらび餅』が食べたいんだ。でも、一人でカフェに行くのは恥ずかしいから……マリンローズ先生も、一緒に来てくれない?』
「えっ!?」
(こ、この台詞は……! 間違いないわ。アンジェリカから聞いた、セオドールの隠しイベントの台詞よ! でも、このタイミングで……!?)
『……学園の隣にあるカフェって、先生のお弟子様のお店なんだよね? 毎日食事を作ってもらっているお礼も言いたいし……ダメ、かな?』
「とんでもない! いいわよ、一緒に行きましょう!」
自室から引っ張り出したことで、セオドールのバッドエンドは回避できた。だが、可愛い生徒の隠しイベントを無下にできるはずがない。
即答すると、彼は怪訝に首を傾げた。
『……ありがとう。でも、本当にいいの……? 用事があってここに来たんでしょう?』
「ええ。本当は、アルベルトくんの妹のプリシラ姫と話がしたかったんだけど。でも、会えなかったから」
『……そう』
『ねぇ、先生』とセオドールは少し寂しげな目をして、梢を広げるガーデニアの大樹を見上げた。
『……そっか。アルベルト王子が登校拒否になったのは、聖獣の暴走事件のせいなんだね。先生は、一国の王子に厳罰を下した。それを、彼は不服に思っているんだ……』
「そう……その通りよ。冬季休暇中、アルベルトくんは母国に帰ることもできずに謹慎処分を受け続けた。学園に通っているうちは、数えるほどしか家族に会えないから。新年を家族と迎えられなかったことは、とても辛かったはずよ。判断が間違っていたとは思っていないけれど、でも、あのときの私は、アルベルトくんやプリシラ姫の理解など得る必要はないと、決めつけてしまっていた。彼等の言葉や、その気持ちを無視しすぎてしまったの。だから、そのことだけは謝りたくて……」
『……先生は、仲直りがしたいんだね。ーーわかった。そういうことなら、ボクが力になってあげる』
「セオドールくんが……?」
『……うん。……ほら、噂をすれば、彼等だ』
翡翠色の爪の先が、すい、と指し示した先。咲き誇る紫陽花の花壇の向こうから、意中の二人が姿を現した。
アルベルトと、彼の双子の妹姫プリシラだ。
「ーーっ!」
彼等が庭に足を踏み入れた瞬間、辺りに電流のような緊張が走る。
雨傘を手に連れ立って歩いていたアルベルトとプリシラは、私の姿に気がつくとビクリと立ち止まった。
「メ、メルリーヌ女史……!」
顔の半分をすっぽりと覆うフードの下で、プリシラの唇が戦慄く。
同時に、彼女の側にパラメータが現れた。
プリシラ・マリア・ベオウルフ(17)
【好感度】 0
学力 150
魔力 30
強さ 50
リッチ度 120
流行 80
可愛さ 150
ベオウルフ公国第一王女。アルベルトの双子の妹。狼の耳と、豊かな毛並みの尾を持つ狼型の半獣人。兄にはない獣の耳や尾をコンプレックスに感じており、いつでもフードつきのローブで隠している。引っ込み思案で他人と接することが苦手。趣味のお菓子作りと精霊の木周辺のガーデニングが心の支え。




