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一章③


(あの場で丸焦げにしたやれば良かったのに、マリンローズ先生ってば意外に優しいのね。なにはともあれ、なんとかボロを出さずに窮地を乗りきったわ!)


 身体は無事だが、社会的にはアウトだ。


 公然の場で相手の結婚詐欺と浮気を暴露してやったのだから、これで当分の間、ウィルフレッドは社交界に顔を出すことはできないだろう。


 ざまあみなさい、と満足感を感じつつ、マリンローズの記憶を頼りに公爵家の廊下を突き進んでいく。


 人気のない玄関ホールを横切って、大きな扉から外に出ると、冷え切った外気と満天の星空に迎えられた。屋敷の前は御影敷きの円形広場になっている。フレースヴェルグ家の象徴である鷲を象った噴水が、静かに水を噴き上げていた。


 寒風に磨き抜かれた宵闇は深く、星の光を邪魔する電光はひとつもない。


 この贅沢な星空だけで、ここが異世界なのだと充分実感できる。


「異世界転生、か……」


 まだ頭の中では、成海しずくだったときの記憶とマリンローズの記憶が泡のように現れては消えて、を繰り返している。知っている知識、浮かぶ考えや感じている気持ちがどちらのものなのか混乱するけれど、計画通りに上手くいったと満足しているのは確かだ。


 計画ーーそう、計画していた。


 マリンローズはウィルフレッドを信用していなかったのだ。それこそ、彼に婚約を申し入れられたときから、こんなに若くて人懐っこい、誰からも愛されそうな男性が、き遅れでお堅くて、可愛げのない自分を好きになってくれるはずがないと思い続けてきた。


 愛するよりも先に疑ってしまっていた。


 言葉の裏にある真意を探ってばかりだった。


 そしてある日、学園近くのカフェの前を通りかかったとき。天使のような金髪の、可愛らしい女性に花束を贈っているウィルフレッドの笑顔を見た瞬間。


 感じたものは怒りではなく、失望感だった。


 それも、彼に対してではなく自分自身に対する失望だ。


 やっぱりそうか、と。


 心から納得してしまった自分が、酷く惨めだった。


 だから、財産譲渡の契約書にサインを強請ねだられたとき、彼の狙いはこれだったのだとすぐに気がついた。そこで、彼が自分との婚約破棄を言い渡してきた場合、どうするべきか入念に計画していたのだ。


 必要以上に傷つかないように……。


 ーーでも。


「そんなことはもうどうでもいいわ! せっかくプリプリの世界に転生したんだから、結婚しちゃうなんて勿体ないもの。二度目の人生、推しプリたちやヒロインに囲まれて、幸せな学園生活を過ごすのよ。こんな日が来るなんて、生まれ変わってよかったわ!!」


 前世の私が事故死したときのことを思い出すと、その悲惨さに涙がこみあげてくる。


 20年間、服の概念を忘れるほど全裸待機して発売を待ち望んでいた新プリを、プレイどころか開封することも叶わなかった。


 その上、卒業式を間近に控えた生徒たちの目の前で、トラックに跳ね飛ばされるという凄惨な死に方をした。


 楽しい思い出どころか、彼女たちには一生心に負うような傷を残してしまったはずだ……。


(前世の私は、教師として大失格だった。あの子たちに報いるためにも、今度こそ、推しプリたちに尊敬されるような、立派な先生にならないと)

 

 眼鏡を外して、眦に溜まった涙をそっとぬぐった、そのとき。

 

「マリンローズ。こんなところにいたんだね」


 響きの美しい低音に驚いて振り向くと、先ほど私が飛び出した扉を背に、漆黒の盛装姿の男性が立っていた。


 歳は二十代半ば。落ち着いた語調だが、少し息があがっている。広間を去った私を、走って追いかけてくれたのだろうか。


 涼やかなアイスブルーの瞳には、冷たく光るモノクル。


 頭上に広がる星天の化身のような、美しい銀髪の美男子だった。

 

「ン゛ン゛……ッ!?」


(な……っ!? なななななになになに!? この周囲の空気ごと輝きを放つような美青年はっ!! ……攻略対象? いいえ、年上銀髪キャラなんていなかったはず。でも、この麗しいとしか言いようのない造形美には見覚えがあるようなーーハッ! わかった、新プリよ!! 新プリで新装されたレオンハルトの美麗イラストの面影があるわっ!! そうか、ここはプリプリはプリプリでも新プリの世界だったのね! なら、ネタバレしたくなくて事前情報を遮断してた私が知らないのは当然よ。彼はリメイク版で追加された新しい攻略対象に違いない!! っかー!! そうですか! 銀髪×眼鏡×年上キャラときましたか! しかも、モノクルとはわかっていらっしゃる! これはきっと、20年ぶりにプレイする大人になった乙女たちへの、制作スタッフたちからの配慮でありプレゼントなのだわ!! ありがとうございます!! これ、ずっと欲しかったやつです!!)

 

 成海しずく的には叫び暴れのたうち、感涙に咽び泣きつつ両手を挙げて阿波踊りしたいほど興奮していだが、慌てず騒がず落ち着いて、目の前に現れたパラメータを読むことにした。



シリウスロッド・フレースヴェルグ(26)


学力 200

魔力 200

強さ 200

リッチ度 200

流行 180

可愛さ 160


 フレースヴェルグ公爵家の若き当主。宮廷魔法士長。マリンローズの担当生徒、シルヴィア・フレースヴェルグの兄。洗練された立居振る舞いと、女性の扱いの巧みさで知られる、誰もが憧れる社交会の華。知謀と魔力に優れる魔法士として、王侯貴族たちからの信頼も厚い。マリンローズとは王立魔法士学園時代の先輩後輩の間柄。男性経験の無いマリンローズをからかって遊ぶ傾向があるのは困りものである。



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