五章⑧
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その後、セオドールの部屋を後にした私たちは、学長室、王宮、ドラゴニアの大使館を回って現状を報告した。
二国の王子が口添えをした甲斐もあり、学園での生活を続けたいという彼の希望は無事に承諾され、食事内容の改善と専属の宮廷魔法医をつけることを条件に、経過観察が認められることになった。
諸々の手続きを終え、送迎の馬車に乗る頃にはすっかり夜になってしまっていた。立て続けに色々あって疲れてはいるが、胸の中を満たすのは心地良い達成感だ。
(用意した『わらび餅』も完食してくれたし、ひとまずは安心ね。食事のことは、明日にでもアンジェリカに頼みに行きましょう。あとは、彼の体調の回復を待つばかりっと……!)
ついうっかり、両手を伸ばしてのびをしそうになる。すんでのところで手が止まったのは、向かいに座ったレオンハルトが碧い瞳をじっとこちらに向けていたからだ。
女性をまじまじと見つめるなんて不躾な真似を、一国の王子である彼がするはずがない。ーーただし、なんらかの意図がある場合を除いては。
心の底にあるものを見抜こうとするような視線に慌てて身構えると、レオンハルトはにっこりと微笑みの仮面を被った。
「メルリーヌ女史が睨みを効かせてくださったおかげで、こちらの要望が楽に通りました。本当に助かりましたよ」
「まったくだ。流石は〝天雷の魔女〟様だな?」
「ええっ!? に、睨んでなんかいないわ! 要望が聞き入れてもらえたのは、二人が上手く説得してくれたからよ……!」
必死に弁解する私に、二人の王子たちはクックッと意地悪くほくそ笑んだ。
ーーもしかして、冗談だったのだろうか?
「もう! 二人とも、先生を揶揄うものではありません!」
「申し訳ございません。ですが、初めてですね。メルリーヌ女史がこうして揶揄われてくださるだなんて」
すっ、とレオンハルトの表情から笑顔が消えた。
その双眸に宿る強い猜疑の光に、背筋が凍る思いがする。以前、彼の隠しイベントを発生させたときに、なにを企んでいるのかと問い詰められたことがあったが、そのときとは比べ物にならないほどの威圧感だ。
まるで、飢えた獣に追い詰められているかのようなーーと思ったら、レオンハルトの隣に座っているアルベルトもまた、彼と同様の鋭い視線を私に向けていた。
「近頃のメルリーヌ女史の言動には、驚かされてばかりです。表情も、纏われている雰囲気も、まるで別人のようだ」
「ああ。もしかすると、本当に別人なのかもな? アンタは真っ赤な偽物で、本物のメルリーヌ女史を殺して、すり替わってるって可能性もある」
「こ、殺……っ!? そそ、そんなはずないじゃない! 私は私よ! 教師というものは、生徒とともに日々成長していくものなのよ……っ!!」
(まずいわ……っ! べ、別にやましいことがあるわけじゃないけど、婚約破棄されたショックのあまり前世の記憶を思い出したせいで、ちょっと人格が三十五歳の日本人女性、成海しずく寄りになってます☆ だなんて、説明しても絶対に信じてもらえないし、嘘をついたと思われたら、今まで散々苦労してあげた【好感度】がさがってしまう……!!)
プリプリの選択肢は、総じて嘘に対して厳しいのだ。
それだけは、絶対に避けなければ。
ーーだが、かといって、急に上手い言い訳も思いつかない。レオンハルトとアルベルト、二人の王子に疑いの視線を向けられて、じっとりとした冷や汗がうなじを伝っていく。
彼等はそんな私を厳しい視線で見つめ続けたあと、二人同時に吹き出した。
「あははっ! 冗談ですよ。怒鳴りつけただけであんな雷鳴を轟かせるのは、世界広しと言えども、メルリーヌ女史だけです」
「安心しろ。獣人の血を引いてるせいで、俺は狼並みに鼻が効く。魔法で姿を変えてるなら、会った瞬間に噛み殺してるさ」
「へ!? じ、じゃあ、今のもただの冗談だったの……!? 酷いわ、二人とも! 本気で疑われているのかと思って、真剣に悩んだのに!」
「申し訳ございません。ーーですが、実は、まんざら冗談でもないのです。白状すると、貴女がセオドール王子の元へ向かわれた時点では、本気で疑っておりました。しかし、杞憂でしたね。貴女は間違いなくメルリーヌ女史であり、貴女がセオドール王子に向けて放たれた言葉も、多少、乱暴ではありましたが、彼の心を動かすに足りうる真摯なものでした。ですから、信じます。貴女は教師として成長し、高みを目指して変わろうとされているのだと」
「……!」
右手を胸に、レオンハルトは正式な礼の形を取った。
「セオドール王子の一件。この国の王子として、改めて御礼を申しあげます。大事に至る前に対処できたのは、貴女が立派に勤めを果たしてくださったからです。本当に、ありがとうございました」
「レオンハルトくん……。私のほうこそ、お礼を言いたいわ。力を貸してくれて、ありがとう」
彼がふたたび面をあげたとき、その顔からは笑顔の仮面が消えていた。嬉しそうに眼を輝かせる彼の側にパラメータが現れ、金色の光を放つ。
レオンハルト・ジーク・アストレイア(17)
【好感度】 50→80
学力 200
魔力 180
強さ 180
リッチ度 200
流行 150
可愛さ 150
(おお……! 【好感度】が80に! きっと、レオンハルトくんは学園の生徒会長だから、生徒の抱える問題を解決するとパラメータが上昇するのね)
国王陛下が病に伏せ、彼はこの歳で王の代理という重責を背負わなければならなくなったのだ。ヒロインが不在なら、代わりに支えとなる者が必要だ。
教師として、私が助けになれることがあるのなら、力を貸してあげたい。
そんな想いを固めるうちに、馬車は学園前に到着した。私とアルベルトは馬車を降りたが、レオンハルトは席を立たずに別れを告げる。
「私は王宮に戻り、この件を王に報告してまいります」
「ありがとう。あまり遅くならないように、きちんと休んでね」
本当に、責任感のある良い王子様だ。王宮へと遠ざかっていく馬車の背を見送っていると、「チッ!」とふいに、苛立たしげな舌打ちが降ってきた。
見上げると、アルベルトが険しい顔つきをしている。
「どうしたの、アルベルトくん……?」
「……別に。セオドール王子に大事があった訳でもねぇのに、国王にまで報告するのかと思っただけだ。当たり前だが、魔法大国ドラゴニアと属国のベオウルフとでは、ここまで対応が違うんだな。レオンハルトも、アンタも」
自虐的に、吐き捨てるような言葉にハッとする。彼はきっと、プリシラ姫の事件とを比べて言っているのだ。
ずっとひっかかっていた。
レオンハルトがセオドールの一件に協力的になってくれたのは、生徒会長としての責務を果たすためだ。
ーーなら、アルベルトはどうしてだったのだろう。
「アルベルトくん……セオドールくんが友達が欲しいと言ったとき、貴方がすぐに名乗りをあげてくれたのは、彼がドラゴニアの王子だというだけでなく、プリシラ姫の境遇を重ねたからだったのね。彼を救うために、貴方が力を貸してくれた理由もそうなのね?」
「……だったら、なんだ」
「聞いて。私は、貴方のことも、プリシラ姫のことも見捨てるつもりはないわ。必ず、いやがらせをした犯人を見つけてみせる。だから、お願い。貴方が聖獣を暴走させた日のことを、詳しく教えて欲しいの」
「ハッ! 今更、聞いてなんになる。もう手遅れなんだよ……!」
「手遅れってーーま、待って、アルベルトくん!」
必死の声も、彼の心には届かない。
学園の門を越えて足早に去っていく背中を見つめながら、悔しさと歯痒さに拳を握りしめた。
(アルベルトくんは、まだ抱える悩みを打ち明けてくれるほど心を開いてくれていない。でも、どうにかして彼のバッドエンドを回避しないと、クーデターが起きて全員殺されてしまう……!)
「なんとかしないと……! このまま夏休みが来たらプリシラ姫だって……。ーーっ、そうだ! アルベルトくんが無理でも、プリシラ姫なら話を聞かせてくれるかもしれないわ!」
彼の最愛の双子の妹、プリシラ・マリア・ベオウルフ。
本当に双子なのかと疑うほど、心優しくて可愛らしい彼女なら、私の言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。
回避する方法は必ずある。
ーー絶対に、諦めたりするものか。




