五章⑥
以前、アンジェリカから聞いたセオドールルートのバッドエンドで、部屋に引きこもったまま死んでしまった理由が分かった。
彼が痩せ細ってしまっていた真相も。
「……なんて」
ゆらり、と立ちあがる。
喉奥から振り絞った声が、わなわなと震えた。
胸に湧き上がる怒りに呼応するように、ゴロゴロ……と窓の外で遠雷が轟く。
「メ、メルリーヌ女史? 落ち着いてくださーー」
隣席のレオンハルトが、窓からのぞく空に暗雲が立ち込めるのを察知して止めに入るが間に合わず、霹靂が白々と空を割る。
ピシャーーーーンッッ!!
「なんっって無茶な真似をしたのーーっ!! 成長した身体を保つ魔素や栄養が、ポーションごときで補えるわけがないでしょうっ! こんなことを続けていたら、死んでいたかもしれないのよ!? どうしてもっと早く、私に助けを求めてくれなかったのっ!?」
『ひゃああ……っ!? だ、だって……!』
「だってじゃありませんっ!! 国家最難問の魔法式を一晩で解くほど頭が良いくせに、それくらいの魔素消費量が計算できないとは言わせませんからねーーっ!!」
パシーーンッ! ピシャーーンッ! と、怒鳴るたびに雷鳴が鳴り響く。
長い脚を組み、尊大な姿勢で椅子に腰かけていたアルベルトがクハハッ、と哄笑した。
「人には憤るなっつっといて! 全く、アンタって人は」
「メルリーヌ女史!! お気持ちはわかります! お気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてください!」
熱り立った馬を御すように、レオンハルトがどうどうと私をなだめに入る。
なんとか怒りをおさめて席についた私に、セオドールは長身を縮こませながら、ポソポソと反論した。
『……だ、だって! こんなことを話したら、ドラゴニアに送り返されてしまうと思ったんだ……! そうしたら、ボクはもう二度とあの国から出られない……小さなときから、この学園に通うことを楽しみにしていた……なにも思い出を残せないままで、帰りたくないんだ……! ここでなら、友達ができると思っていたのに……!』
「友達……? まさか、セオドールくんは友達が欲しくて留学を希望したの?」
『……うん。そんなことでって、呆れられるかもしれないけど……ボクにとっては、とても大切な理由なんだ』
(友達……か。そう言えば、アンジェリカもそんな話をしていたわね)
本来のシナリオでは、部屋の前に張られていた魔法結界を解いたら、彼と友達になれるのだ。
だが、よく考えたら、どうしてそんなまどろっこしいことをしたのだろう。魔法大国の第一王子と交友関係を結びたい人なんて、いくらでもいるはずなのに……。
大切な理由というのが気になって尋ねると、セオドールは深くうつむいたまま、翡翠色の髪の合間から言葉をこぼした。
『……ドラゴニアでは、力を持つ者は、それを抑制することが強く求められる。……それは、昔、自らの傲慢さのあまり、魔王と化してしまった魔法士を排出してしまった国だからなんだ。今ある王家は、魔王を封じるため、聖女に協力した王子の血を引く一族だ。でも、ボクは他の竜人たちよりも強い魔力を持って生まれてしまったから、魔王の生まれ変わりだと恐れられているんだよ……。でも、遠く離れたアストレイアなら……ボク自身を見て、仲良くなってくれる人が、見つかるかもしれないと思って……』
「そうだったの……」
『……でも、なかなか上手くいかない。角や尻尾を持つ者はこの国では珍しいから、すぐに身元がばれてしまう。だから、普通に話をするのも難しいんだ……』
頬に影が落ちるほどの睫毛の影で、紅い瞳が憂いに潤んだ。
確かに、竜人の王子と気さくに話ができる豪胆な者はそうはいないだろう。
どうするべきか、と悩んでいたら、思ってもみなかった人物が答えをくれた。
アルベルトだ。
彼はぞんざいに組んでいた脚を解き、セオドールの顔を前のめりにじっと見つめた。
「ーーその〝友達〟は、人間でないと駄目なのか? 獣人でもいいなら、いくらでもなってやるぞ」
『……えっ?』
「私も、是非。ドラゴニア竜王国の王子と友人になれるとは、これほど喜ばしいことはありませんよ」
『……ふ、二人とも……本当にいいの……?』
戸惑うセオドールにアルベルトは真摯にうなずき、レオンハルトはにっこりと優しげな笑みを浮かべた。
「勿論です。友好国同士の絆を深めるためにも、セオドール王子とは良き友人でありたいですからね」
「ハッ! 腹黒が透けて見えてるな。この場合の〝友達〟は、そういう類のもんじゃねぇだろ。ーーセオドール王子。アンタと友好関係を結びたい奴は山といる。だが、望む通りの〝友達〟が欲しいなら、相手は選べよ」
「意味のわからない言いがかりをつけないでください。セオドール王子、アルベルト王子のことはお気になさらず。私は心から、両国のために有益な関係を結びたいと思っています」
その、建前100パーセントのいい笑顔に深く嘆息する。
意外にも、〝友達〟に関しては、アルベルトのほうが倫理的な認識があるようだ。
「レオンハルトくん。〝友達〟には、有益も無益もないものなのよ。ーーいいですか、三人とも。大人になってから友達を作ろうと思うと、どうしても利害感や、余計なしがらみが絡んでしまうものなの。だから、一国の王子としてではなく、貴方たち自身でいられるうちに、心から信頼できる関係とはどういうものかを学んで、生涯続く絆を築いて欲しいわね。卒業まで、あと一年もあるわ。貴方たちらしい、いい〝友達〟になってね」
三人の王子たちは互いに見つめ合い、気恥ずかしそうにうなずいた。




