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五章⑤


『……は、はあ!? 教室に泊まり込みって……たかが宿題を作るために、そんなことをするなんて……なに考えてるの……!?』


 勢いのあまり手をついたのか、ドン、とドアが震えた。


 明らかに狼狽えている。これまでの淡々とした受け答えからは考えられないほどに。


(アンジェリカの言った通りね。心を込めて作ったものは、必ず誰かの心を動かす……!)


 私は、ドア一枚隔てた向こうにいる彼を見据えて、すっと息を吸い込んだ。


 考えていることなんて、一つしかない。


「勿論、貴方のことよ! 部屋に引きこもって、毎日毎日ポーションばかり飲んで……! ポーションでは体力や魔素量を一時的に回復させることしかできないわ! 育ち盛りの男の子が、そんなもので生きていけるはずがないじゃない!! こんなことを続けていたら、本当に死んでしまうかもしれないのよ!?」


『……っ!? ……し、死ぬ……? 貴女は一体、ボクのことをどこまで知っているの……?』


「なにも知らないわ! 貴方のことが知りたいから、こうして毎日会いに来ているの。お願い、ドアを開けて。これ以上、一人で抱え込まないで、力にならせて!!」


『……っ』


 何度も何度も、セオドールはなにかを言いかけては、躊躇ってやめるを繰り返した。私と二人の王子たちは、彼が答えを出すまでの長い時間をじっと待った。


 もどかしい限りの沈黙に終止符を打ったのは、カチャン、と鍵が開く音だ。


『…………貴女には、敵わないみたいだね』


 苦笑まじりの言葉とともに、ゆっくりとドアが開いていく。


 これまでずっと待ち焦がれた瞬間が、ついに訪れた。


「ありがとう! セオドールく…………ん!?」


 しかし、開かれたドアの向こうから現れた人物に、私の思考回路は緊急停止してしまう。


 前世の私の記憶でも、マリンローズの記憶でも、ドラゴニア竜王国第一王子セオドール・ドラゴニアは、少女と間違われてしまうほど、小柄で華奢な美少年だった。


 だがしかし、ドアの向こうに立っていたのは、翡翠色の髪を足元まで滴らせた、神々しいばかりに美しい男性だったのだ。


(だ、誰ーーっ!? この人間離れした美丈夫はなに!? レオンハルトくんやアルベルトくんよりもずっと年上じゃない。外見的にはシリウス兄様と同じくらい? プリプリプリンス可愛い担当のセオドールくんはどこに行ったの……!?)


『……驚かないで。間違いなく、ボクだから』


 見上げなければならないほど、高い位置にある顔がこっくりとうなずいた。


 その、作り物めいた造形美。


 深く輝く、紅玉石の瞳。


 縦長の針のような瞳孔。


 真珠色の光沢が美しい、大きく湾曲した二本の角。


 白絹の肌に、睡蓮の花の打ち掛けのような着物を羽織っている様は、もはや、神秘的を通り越して神様そのもののようだ。


 ただ、顔も身体も線は細く、やつれた印象を受けた。


「な……っ!?」


「本当に、セオドール王子なのか……!?」


 これには私だけでなく、レオンハルトとアルベルトの二人も動揺するばかりだ。


 そして、驚愕の果てに、私はある記憶にたどり着いた。


(思い出したわ……! これは、プリプリのセオドールルートのトゥルーエンドでちょっとだけ見せてくれる、大人になった彼の姿よ! まさか、新プリではこれがデフォルトだなんて、スタッフは天才ですか!?)


「セ、セオドールくん……っ! ど、どうして急に、大人の姿に……?」


『……中で、すべて説明するよ。……レオンハルト王子、アルベルト王子も、どうぞ』


 静かな口調で、セオドールはきびすを返す。シュル、と床を這うのは、髪と同じ翡翠色の鱗に覆われた竜の尾だ。


(……さ、触りたい!)


 そんな衝動を抑えながら、彼に続いて室内に足を踏み入れる。


 初めて目にするセオドールの自室は、何週間も引きこもっていたとは思えないほど綺麗に保たれていた。


 西洋の王宮を思わせるアストレイア調の煌びやかな建築様式の中に、日本の平安貴族が使っていたような溜塗ためぬりの調度品が置かれている。それらは燦然と輝く室内に、しっとりと落ちる影のようで、相反しながらも不思議に調和していた。


 囲んで座ったテーブルも艶やかな漆黒だ。蒔絵で緻密に描かれた金色の空を、螺鈿の鱗を光らせて、竜が飛翔する。


 その細工の見事さに見惚れていたら、あの、とセオドールが切り出した。


『……驚かせてしまって、ごめんなさい。……これは、竜人族特有の成長期の症状なんだ』


「成長期?」


『……うん。……竜人族は、歳をとっても見た目が変わらないと思われがちだけど、そうじゃない。生育の過程で、充分な魔素が体内に蓄えられると、急激に成長して見た目が変わるんだよ。その際、体内の魔素がほとんど失われてしまうんだ……。空気中の魔素濃度が濃いドラゴニアの食べ物は、米粒から水に至るまで、魔素を多く含んでいる。……でも、この国ではそうはいかない。最終学年にあがった日に成長期が来て……消費された魔素を求めるあまり、身体が異物に対して拒否反応を示すようになってしまった。……その結果、食べ物が口にできなくなったんだ』


「そうか……! だから今まで、食事代わりにポーションを飲んでいたのね! ポーションは、体内の魔素を回復するから」


 こくり、とセオドールはうなずいた。



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