五章②
「はい。前世で私がプレイした限りでは、条件を満たしていなかったためか、シリウスロッド様は登場しませんでした。なので、ヒロインの持つ神聖属性の聖獣の力でレオンハルト王子のメンタルを強化したり、国王陛下のお身体を強化して病を治癒したんです。でも、シリウスロッド様がレオンハルト王子のルートに関わっているなら……」
「そうか! シリウス兄様が作ろうとしている魔法薬を完成させて、国王陛下のご病気を治せば、もれなくレオンハルト王子のバッドエンドも回避できるわね! ーーあれ? でも、アンジェリカはバッドエンドにたどり着いたことしかないって言ってなかった? 今の話もそうだけど、セオドールくんのことも、部屋から引っ張り出せばバッドエンドを回避できるって知ってたのに、どうしてトゥルーエンドが迎えられなかったの?」
「それは…………って、そう言われるとそうですね。なんででしたっけ?」
いや、私に聞き返されても。
「ええっ!? ほんとに、どうしてだったんでしょう……!? レオンハルト王子はパラメータが足りなかったんですけど、セオドール王子とは良いところまで行ったんですよ。夏休み前ギリギリに魔法結界が解けて、大喜びしたのに……!」
むむぅ、と可愛らしく眉をひそめて、アンジェリカは考え込んでしまう。
思い出せないのも無理はない。なんといっても、彼女が前世の記憶を思い出したのは十七年も前なのだ。しかも、彼女の最推しはサポートキャラクターのフェリクス氏だったため、新プリを攻略した記憶はずっと長い間、忘れ去られていたのである。
しかし、これは重要なことだ。バッドエンドが回避できたと思っても、予期せぬどんでん返しに遭ってしまった可能性があるのだから。
同じ轍を踏まないためにも、なんとか思い出して欲しい。
固唾を飲んで見守っていると、「ああーーっっ!?」と天を仰いで彼女は叫んだ。
「おも、おおお思い出しました……っ!! 苦労の末にセオドール王子を部屋から引きずり出して喜んだのも束の間、他のプリンスのーーアルベルト王子のバッドエンドが確定してしまったんですよっ!!」
「アルベルトくんのバッドエンド?」
「はい!! どどどうしよう、ごめんなさいっ!! こんな大事なこと、なんで忘れてたんだろう!! 師匠、【いにしえの秘境】でアルベルト王子に会ったんですよね!? 接点が持てたなら、一刻も早く彼のバッドエンドを回避すべきです!! 彼のバッドエンドはセオドール王子と同じく、夏休みに確定してしまうんですけど、そのシナリオがとにかくヤバいんです!! わたしがプレイした中で最も凄惨なバッドエンドなんです……っっ!!」
「ええっ!? き、聞くのが怖いわ。今度は一体、どれだけ凄惨なの?」
とにかく、身重の女性をこれ以上興奮させてはいけない。
安定期には入っているそうだが、ただでさえ情緒不安定な時期なのだから。
私は狼狽えるアンジェリカをなだめながらキッチンを出て、いつものソファ席に座らせた。
「はい、お水よ。とにかく落ち着いて、思い出したことを教えて頂戴。大丈夫。どんなに凄惨なバッドエンドだって、回避する方法は必ずあるんだから!」
「師匠……そうですね。仰る通りです」
グラスの水を飲み干して、ようやく平静さを取り戻したアンジェリカは、深刻な表情で話し始めた。
「アルベルト王子の抱える悩みは、彼の最愛の双子の妹、プリシラ姫です。兄のアルベルト王子と違って、彼女には獣人特有の尻尾や獣耳がありますよね? プリシラ姫は自分の外見のせいで学園に馴染めないことを思い悩んでいて、そこはプリプリと同じなんですけど、新プリでは陰湿ないやがらせを受け始めます。教科書を隠されたり、せっかく作った花壇を荒らされたり……ついには、誕生日にアルベルト王子からプレゼントされたドレスを、ビリビリに破かれてしまうという大事件が起こります」
「アルベルト王子が聖獣を暴走させてしまった事件ね。それについては、私も思い出したことがあるのよ。マリンローズが生徒から聞いた話では、ドレスはプリシラ姫の部屋に保管してあったもので、犯人は留守中に侵入した何者か……アルベルトくんは真っ先にシルヴィアを疑ったけれど、未だに誰がやったのかはわかっていないのよね」
その後も、プリシラへのいやがらせはどんどんエスカレートし続けるのだという。そして、夏休みまでに犯人を見つけることができなかった場合、最悪のバッドエンドが確定する。
ーー夏休み初日。
プリシラが何者かに拐われるという前代未聞の誘拐事件が起こる。アルベルトが助けに駆けつけたときには既に手遅れで、彼女は無惨にも獣人の誇りである尻尾と耳を切り落とされ、森の奥で独り息絶えていた。
最愛の妹姫を殺された怒りのあまり、アルベルトはふたたび聖獣を暴走させてしまう。彼はプリシラの亡骸を抱き、その足でベオウルフ公国に帰国。父王と王妃を殺害し、自身が新たな王となって、宗主国であるアストレイア王国に反旗をひるがえすのだ。
この突然のクーデターにより、不意を突かれたアストレイア王国はあっけなく滅亡してしまう。
凄惨だ。
これ以上ないほどに凄惨だ。




