四章⑦
セイントウォータースライムは、魔素の濃度が高い水辺にしか生息しない希少なスライムだ。魔物でありながら、その核に蓄えた膨大な魔素を魔力に変換し、水属性の上級魔法を使う。さらに自己回復力が高く、半端な攻撃ではすぐに再生して逃げてしまう。地中や木の幹に水のように染み込まれたら、もう捕まえることは不可能だ。
ーーよって。
「〝紫雷の鞭〟!!」
教鞭の先から雷撃の鞭を伸ばし、パシーンッ! と泉の水面を打ちすえた。
すると、なにか透明なーー大きな水晶玉のようなものが、ぷかぷかと立て続けに水面に浮かんだ。セイントウォータースライムだ。狙い通り、電撃のショックで動けなくなっている。
「上手くいったわ! 滅多に出くわさない魔物なのに、こんなにたくさんいるなんて。アンジェリカに感謝しなくちゃね」
プルン、とした感触のそれを抱え上げ、ふたたび電流を流すと水風船よろしくパチンと弾けた。あとに残るのは手のひら大の、虹色をした球体だ。
握ると指が沈むほど柔らかく、ひんやりと冷たい。
〝セイントウォータースライムの核〟。
中でも、蓄えた魔素が多いものは硬く結晶化して〝水の精霊石〟になる。
プカプカ浮いたスライムを、片っ端からパンパン割って核や精霊石を荷袋に回収していた私は、ふと、あることを思い出した。
「……そういえば、【いにしえの秘境】に素材採取に来るっていう条件を満たすと、発生する隠しイベントがあったような……?」
誰のイベントだったかしら、と首を傾げたとき。こちらに向かって走り込んでくる足音とともに、樹間から漆黒の影が飛び出してきた。
「あ……っ!?」
一瞬、狼に見えたそれは、漆黒の狩装束をまとった青年だった。しなやかに跳躍し、泉の中へ水飛沫をあげて着地する。
体勢を崩すことなく立ち上がった彼は、濡れた黒髪をぞんざいにかきあげざま、茫然と立ち尽くす私を見下ろした。
獰猛な肉食獣を思わせる金の瞳。
水に濡れたせいで服が張りつき、均整の取れた筋肉の線が浮き上がっている。
尖った顎から滴る雫。男性らしい喉仏や鎖骨の間を水滴が流れ落ちる様が、前世で目にした超美麗スチルの記憶とともに、私の脳裏を駆け巡った。
(思い出したあーーーーっ!! 彼よ! 公国の獣人王子、アルベルト・ベオウルフくんの隠しイベント!! 【いにしえの秘境】に素材採取に来たヒロインが、泉のほとりで休んでいるところに現れて、ニヒルに笑って言うんだわ)
『こんな危ない場所で水浴びしてると、悪い狼に食われちまうぞ。ーー子ウサギちゃん?』
(キャアアアアアーーーーーーッ!! ワイルド系俺様キャラに『子ウサギちゃん』なんて、嬉し恥ずかしさのあまり胸キュンが止まらないわっ!! 彼にもずっと授業を休まれているから初めて実物に会ったけど、なんというかもう雄みが凄い……!!)
いやしかし、前世では何百回と堪能したイベントだ。どんと来い。必ずや、しっかりとヒロイン役をこなしてみせようではないか。
決意と期待に燃えつつ目の前のアルベルトを見上げると、彼はビクリと肩を震わせ、すぐさま不機嫌そうに舌打ちした。
「マリンローズ・メルリーヌ……女史。誰かと思ったらアンタか。こんな場所でなにしてる? まさか、男にフラれたのを苦に、自殺しようってんじゃねぇだろうな?」
「……」
例の言葉を一心に待つ。ーーしかし、アルベルトはそれ以上話すつもりはなさそうで、むっつりと口を噤んでしまった。
「あれ……? アルベルトくん、あの、『子ウサギちゃん』は……?」
「ああ? なにがアルベルトくんだ、妙な呼び方してんじゃねぇぞ」
刃のような眼光で乙女心を刺し貫き、ドスのきいた言葉で乙女の夢を切り捨てる、攻略キャラクターの一人、ベオウルフ公国第一王子アルベルト・ベオウルフ。粗暴な口調は彼の魅力でもあるのだが、これではまるでヤ●ザの若頭だ。
まさか、これもリメイク版の影響かと唖然とする私の前に、パッとパラメータが現れた。
アルベルト・ベオウルフ(17)
【好感度】 0
学力 120
魔力 150
強さ 200
リッチ度 120
流行 80
可愛さ 80
ベオウルフ公国第一王子。マリンローズの担当生徒。元風紀委員長。比類なき強さと何事をも暴力で解決する攻撃的な性格で、学園中で恐れられている〝半獣王子〟。獣人に対して偏見を持つ者、妹姫プリシラを傷つける者に対して容赦がない。二年の末に聖獣を暴走させる事件を起こし、風紀委員会を除名。冬季休暇中、謹慎処分を受けていた。事件を未然に防げなかったレオンハルトを敵視している。
(な、なにこれ……強面だけど面倒見のいい、頼れる兄貴キャラはどこへ行ったの!? 確かに極道キャラやヤンキーキャラの人気があるのは知ってるけど、でも、仮にも公国の第一王子をヤ●ザの跡取りみたいなキャラ付けにするのは間違ってるでしょう!?)
「お、おのれリメイク版……おのれハードモード……! 前世の私が実のお兄ちゃんのように慕ったアルベルト兄様を返してええ……っ!!」
あまりの衝撃に肩を震わせる私を、アルベルトは訝しげに見つめていたが、ふいに、ブゥン……と空気を震わせた重低音に、今しがた駆け抜けたばかりの樹間を振り返った。




