一章②
マリンローズは攻略対象のパラメータを教えてくれるサポートキャラクターだ。相手の能力値や人物情報を、こうして表示して見ることができるらしい。
こんなものが空中に現れても誰も驚かないところを見ると、私にしか見えていないようだ。
(それにしても、プリプリのパラメータは200が最大数値のはずなのに、全体的に低すぎない? 一般人ならこれくらいが普通なのかしら)
50以下の数値が目立つ中、センスやオシャレ度を表す《流行》と、魅力を表す《可愛さ》だけが辛うじて高い。
これが、小悪魔的年下男性の魅力というものか。
だがしかし、申し訳ないが彼の立ち絵は、攻略キャラクターのプリンスたちには遠く及ばない。
ーーそれに。
「それに、〝莫大な財産を騙し取ろうとしている〟なんて、貴方は結婚詐欺師なの?」
「な……っ!? ぶ、無礼なっ!! 婚期を逃した哀れな君を救ってやろうとしたこの私を、詐欺師呼ばわりするとはっ!!」
「でもーー『とぼけないで! 結婚を仄めかして、〝妻の財産の所有権は夫に譲渡しなければならない〟という法律を利用して、私の個人資産を奪い取ろうとしているくせに。その証拠に、貴方は一日でも早く私と一緒になりたいから、面倒な手続きは先に済ませようと言って、妻の財産譲渡の契約書に強引にサインさせたわよね。それで婚約破棄を言い渡してくるだなんて、詐欺以外のなんなのかしら?』」
話しているうちに、ウィルフレッドに関するマリンローズの記憶が鮮明に蘇っていく。また勝手に舌が動くままに言葉にしていくと、周りの貴族達は大きくどよめいた。
それまでの周囲の視線は、公然の場で婚約破棄を言い渡されている私に対して冷ややかだった。しかし、今や紳士方は厳しい顔でウィルフレッドを睨み、ご婦人方はいっせいに剣呑な視線を送っている。
女の敵は、皆の敵だ。
「言いがかりも甚だしい! 私は由緒正しきブライトナー侯爵家の人間だぞ!! 金になど困っていないっ!!」
(いやいや! リッチ度が5しかないくせになに言ってるの! ーーおっと。この人、王都に愛人がいて、彼女に貢いでいるのね?)
浮気を動機に結婚詐欺とは、このボウヤ、確かに小悪魔だ。
「『確かに、ブライトナー侯爵家は果実の一大産地を領地に有する有力貴族だわ。でも、近年続く魔物の大発生により、その収穫量は激減。財政は逼迫しています。それなのに、貴方はいくらブライトナー侯爵様から散財を咎められても、社交のためだと聞く耳を持たなかった。そこで、侯爵様は恥を忍んで、手に職を持つ私に挙式費用の立て替えを願い出たの。私と彼の間で内密にことを進めたのは、私の父ーーメルリーヌ辺境伯に実情を知られれば、婚約を反対される可能性があったからよ。それを嗅ぎつけて、詐欺の口実にするなんて呆れてしまうわね』」
「う、うう嘘をつけっ!? ち、父上がそんな真似をなさるわけがない……っ!!」
「『ブライトナー侯爵様の名誉は守っておくわ。彼は立派な父親ね。息子の晴れの舞台を盛大に祝ってやりたいと、真摯に頭まで下げてくださった。領地の財政を立て直し、きちんと返済することを前提に、正式に契約してくださったの。なのに、肝心の貴方は王都で贅沢三昧、挙句の果てに結婚詐欺を働くだなんて……この、馬鹿息子ーーっっ!!』」
ピシャーーーーンッッ!!
舌が動くままに語気を強めた瞬間。夜会会場の大広間を囲む大窓に閃光が差し、足元が崩れ落ちるような振動を伴って、轟音が轟いた。
雷だ。
それまで、雨の降っているような気配はなかったのに。
突然の雷鳴に、広間はご婦人方の悲鳴で満ちた。
(今のはきっと……マリンローズに加護を与えている、雷の聖獣が怒ったんだわ。プリプリには、魔法士の身体には一人に一匹ずつ、聖獣と呼ばれる精霊が宿っていて、世界に満ちる魔素を魔力に変換して蓄えたり、力の制御をしてくれるという設定があった。精神的な繋がりが深いから、ときには魔法士の感情を代弁してくれることもあるっていうけど……こんな感じなのね)
自分は本当に、剣と魔法のプリプリの世界に転生してしまったのだ。
王立魔法士学園、魔法科担当教師、マリンローズ・メルリーヌとして。
大きな実感と感動に浸りつつ、私はさっきの豪雷にヘタヘタとその場で腰を抜かしてしまっている元・婚約者の前に進み出た。
「『この私を騙したらどうなるか、思い知らせてあげるわ……!!』」
「ひいいっっ!?」
豪雷はますます酷くなる。悲鳴をあげて後ずさる彼は、これが私の力によるものだと理解しているのだろう。高圧的な態度はどこへやら、流れる冷や汗で額に髪をベッタリと貼りつかせている様は、ドブで濡れている鼠のようである。
私は彼をたっぷりと睨みつけ、鳴り響く雷で大いに怯えさせた後、右手を眼鏡に。ブリッジをクイッと持ち上げた。
マリンローズの下した決断は、拍子抜けするほど平和的だった。
「『財産権はそのまま、ブライトナー家に譲渡します』」
「へ……っ?」
「『貴方との婚約も解消するわ。そのかわり、私から騙し取った財産は、困窮している領民の生活を救うために使うこと。独身女のタンスの肥やしにするよりも、ずっと有意義だわ。ーーくれぐれも、王都にいる愛人に貢いだりすることのないように!!』」
最後の言葉はことさら強く。ビクッ! と大仰に肩を震わせた彼に、踵を返した。
「『では、ごきげんよう』」
周りを取り巻いていた貴族たちが、いっせいに道を開ける。私は悠然と彼等の間を進み、絢爛な広間を後にした。