四章⑥
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翌日の休日は晴天に恵まれた。
動きやすい乗馬服に編み上げ式の革ブーツ。いかにも魔法士らしいデザインの深緑色のローブをまとった私は、王都から出ている乗合馬車に乗ること二時間弱。目的地の停留所に降り立った。
「着いたわ、【いにしえの秘境】! 実際に見るとこんな場所なのね」
エクストラダンジョン、【いにしえの秘境】。
ゲームでは《強さ》をカンストすると出現する、希少素材の宝庫。広大な樹海の奥には、伝説の聖女が魔王を封じた封印石が現存する。周辺には聖女の功績を讃える〝聖女の遺跡〟と呼ばれる古代神殿が多数現存し、一帯は聖域として国の文化財保護区域に指定されているーーいわゆる、国立公園だ。
そう。
【いにしえの秘境】が秘境だったのは、その名の通り、いにしえの話なのである。
「大きな観光街までできちゃって、すっかり人気の観光地ね。聖地でお金儲けってどうかと思うけど……って、ええっ!? あの壁画、プリプリのオープニング映像そのまんまなんだけどっ!? 聖女の神殿の他にも、金色の聖獣たちを祀る聖殿まであるの!? しかも、見学するにはそれぞれに別の入場料がかかるだなんて……っ!!」
前世の世界でエジプトに行ったことがある私は、ピラミッドゾーンに入るのに入場料を払い、三つのピラミッドに入るのに別々に入場料を払い、スフィンクスを見るのにまた別の入場料を支払ったことを思い出した。
【いにしえの秘境】、なかなかアコギな商売をしている。
プリプリファンとしてはオープニングの舞台を前に聖地巡礼をしたい気持ちでいっぱいだが、結婚詐欺のせいで金欠でもあるし、今日のところは我慢しよう。
ーーさて、樹海の入口付近の遺跡にはたくさんの観光客が訪れていて、珍しい魔物素材を扱う食べ物の屋台なども並んでいるのだが、観光地の奥には強力な魔法結界による結界壁が築かれている。
セオドールの部屋の前にあった物の、何百倍も大きな魔力の壁だ。宮廷魔法士団が管理しているもので、この壁のおかげで観光地に魔物は出現しない。
だが、ひとたび結界壁を越えて奥に入れば、手強い魔物がわんさかいる。そのため、立ち入りを許可されているのは国衛騎士団や宮廷魔法士団、ギルド承認の腕の立つ冒険者などの強者のみである。
私は、胸から下げている星と聖女ーーアストレイア王国の国章ーーを模したペンダントをぎゅっと握りしめた。
(ーーで。私ってば、その許可証を持っちゃってるのよね。教師としてはアレだけど、マリンローズ先生ってほんとに強いわ。屋敷の人たちに反対一つされなかったのも、それだけの実力者だからなのよね)
観光客の合間をぬって、結界壁に設けられた〝入り口〟に近づいていく。見張り小屋には国衛騎士団の甲冑を身につけた屈強な騎士たちがいて、私の姿に気がつくと苦笑混じりに声をかけてきた。
「こらこら、お嬢さん。ここから先は危険だよ。この結界の中にはこわーい魔物が……、ーーっ!? あ、ああ、貴女は、マ、ママ、マリンローズ・メルリーヌ導師様ーーっ!?」
「大っっ変、失礼いたしましたーーっっ!! どど、どうぞ、お通り下さいませーーっっ!!」
(こんな屈強な騎士たちにまで……どれだけ怖がられてるのよ、まったく)
可哀想に。真っ青な顔を並べて敬礼する騎士たちに、気にしないで、と笑いかける。
「こんにちは。今日は、素材採取に来たの。手続きをお願いできるかしら?」
「ハッ!! て、手続きはこちらで済ませておきますので、どうぞ、お通りくださいませっ!!」
「そう、ありがとう。今日はいいお天気ね」
「ハッ!! と、とんでもございませんっ!!」
「仰る通りでございますっっ!!」
……駄目だこれは。
怯えきった彼等との会話を諦め、国章のペンダントを結界壁に刻まれた紋様の前にかざすと、一部が解かれて入り口が開いた。
その向こうは木の根と枝が迷路のように入り組んだ、鬱蒼とした密林である。
「ーー〝白雷の燈〟』
教鞭を取り出し、呪文を唱える。すると、教鞭の先から蛍のような小さな白い光がフワフワと浮かんだ。
迷ってしまわないように光の目印をつけていきながら、アンジェリカに書いてもらった地図を頼りに、奥へ奥へと進んでいく。
「そろそろ最初の採取ポイントね。ーーあったわ、〝世界樹の種〟! 滅多に見つけられない希少素材なのに、アンジェリカの地図は完璧ね。でも、これを炒って粉にするときな粉になるって、本当なのかしら……?」
苔むした遺跡を飲み込むように育った大樹から、そら豆に似た大きな種を採取しては、荷袋に詰め込んでいく。
『わらび餅』の材料は〝世界樹の種〟、〝セイントウォータースライムの核〟、〝ダークホーネットの黒蜂蜜〟。
シリウス兄様から頼まれた素材リストは、〝世界樹の種(大)〟、〝水の精霊石〟、〝ロイヤルプロポリス〟、〝神竜の宝玉〟だ。
「それにしても、兄様に頼まれた素材が新プリで追加された『わらび餅』の上位素材だとは思わなかったわ。同じ場所で採取できるものばかりでよかった。苦労しそうなのは、〝神龍の宝玉〟くらいね」
プリプリには神龍という魔物は出てこなかったし、プリプリ、新プリともに素材採取場所を網羅しているアンジェリカでさえ知らなかった。もしかしたら、採取素材ではないのかもしれない。まあ、兄様には猶予をもらっていることだし、今日全て集めなければバッドエンドに直行してしまうということはないだろう。
〝世界樹の種〟、〝世界樹の種(大)〟を無事に手入れた私は、木の根に挟まれた遺跡の入口を潜っていった。アンジェリカの地図では、セイントウォータースライムのいる聖なる泉はこの奥だ。
苔むした地面で足を滑らさないよう、慎重に木の根のトンネルを抜けると、大きく開けた空間に出た。円盤状の石の床が敷かれ、中央に泉がある。天蓋のように空を覆う世界樹の葉から、魔素のこもった清らかな水が滴り落ちている。
「濃密な魔素を感じるわ。セイントウォータースライム……絶対にこの泉の中にいるわね」




