四章⑤
アンジェリカの言葉に、前世の記憶がありありと蘇った。憧れの王子様に近づきたくて、早朝の図書館で勉強中にうたた寝をしてしまったヒロイン。優しく肩を揺り起こされて目覚めると、眩しい朝日を背に、柔らかな笑顔を浮かべたレオンハルトの姿が。
人差し指を唇に、彼は甘く囁くのだ。
『勉強を頑張るのはいいですが、あまり無理はしないように。貴女の可愛らしい寝顔を見せるのは、私だけにして下さいね?』
「キャアアアアアアーーーーーーッ!!」
「揺り起こされたんですか、師匠!? あの乙女ゲーム界の伝説イケメン王子、レオンハルト・ジーク・アストレイアに優しく肩を揺り起こされて、甘く囁かれたんですかっっ!?」
「無理無理無理無理尊すぎるほんと無理いぃぃ……っ!! 穴が開くほど見つめ続けたスチルなのにどうして気がつかなかったの馬鹿ああああーーっ!! 駄目よ、もう私には新プリをプレイする資格はないわっ!!」
「結果オーライです! ああいうのは自然な反応が大事なんですから。もし、下心があったら見抜かれていましたよ。レオンハルト王子って、腹黒故に勘が鋭いですからね」
あははっと笑いながら、アンジェリカは少なくなった紅茶のカップにお代わりを注いでくれた。
「それにしても、いいことがわかりましたね。ヒロインとの間に生じるイベントの効果が、師匠に対しても有効なんです。なら、積極的に隠しイベントを起こしていくのが、パラメータ向上の近道ですよ! プリンスたちとの【好感度】もあがりますし、ラブキュンイベントをガンガン起こしていきましょう!」
「ラブキュンイベントって……い、いいのかしら。生徒相手に」
「バッドエンドを回避するためですから。ーーそうだ! セオドール王子を部屋から連れ出すためにも、彼の隠しイベントを発生させてみませんか?」
「セオドールくんの隠しイベント?」
はい! とアンジェリカは元気よくうなずき、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「『わらび餅』を作りましょう! セオドール王子の大好物なんです!」
「『わらび餅』? そんな設定あったかしら……?」
「ふっふっふっ! 知らなくて当然です。師匠は元祖プリプリのスィーツメニューをコンプリートしてませんからね! 最高討伐難易度の魔物素材が必要となる、やり込み系スィーツ『わらび餅』!! ーーかつて、フェリクスたんに貢ぐため、素材採取という名の魔物討伐を極め続けたわたしは、究極のスィーツ『わらび餅』のメニュー追加に成功しました。その直後、セオドール王子との隠しイベントが発生したんです! 放課後に呼び止められて、『……ボク、どうしても食べたいスィーツがあるんだ。でも、一人でカフェに行くのは恥ずかしいから……キミも一緒に来てくれない?』って!!」
「なあんですってえーーっっ!! あんなにやり込んだのに、まだそんなイベントが隠れていただなんて……っ!! あのフーフーするタイプのソフトが悪いのよ! 記録容量の少なさ故にスチルコンプリートというシステムがなかった時代の乙女ゲームが憎い……っ!!」
発生条件がスィーツメニューのコンプリートとは盲点だった。ゲームのやり込み要素には、制作スタッフの愛が込められている。やり込んだ者だけに与えられる、素敵なご褒美があったのだ。
「材料は〝世界樹の種〟と、〝セイントウォータースライムの核〟、〝ダークホーネットの黒蜂蜜〟です。どれもエクストラダンジョンの【いにしえの秘境】でしか手に入らない素材ですが、採取ポイントは全て覚えていますから、冒険者ギルドに依頼して取ってきてもらいましょう。ーーただ、難しい依頼ですから、時間がかかるかもしれません」
「それなら、私が行って来るわ。丁度、明日は学園が休みだし」
「ええっ!? た、確かに師匠のパラメータなら楽勝でしょうけど、魔物と戦うなんて危険ですよ!」
「心配しないで。マリンローズの記憶によれば、魔法修行や魔法薬の素材採取のために、ガンガン倒しに行ってたみたいだから」
「そうなんですか!? 流石は師匠、おみそれしました!」
今日もセオドールの部屋に行き、引きこもっている理由を尋ねてみたのだが、答えてはもらえなかった。隠しイベントを発生させれば、彼の心を開くきっかけになるかもしれない。
(ーーそういえば、シリウス兄様も討伐から帰ってくる頃ね。イベントを進めるためにも、そろそろ頼まれた素材を用意しておかなければならないわ。夢の中でマリンローズが言っていたことが、少し気になるけど……)
「よし! そうと決まれば、早速、屋敷に帰って装備を整えなくっちゃ。冒険に出かけるみたいでワクワクするわ!」




