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四章③


「ーーょし……メルリーヌ女史、起きてください!」


 懸命に呼びかける声。


 大きな手のひらに優しく肩を揺すられて、闇に飲まれていた私の意識が急激に覚醒する。


「うーん……こ、こんなの無理ゲーよ……! 《可愛さ》が……さん……しかない、なんてえ……っ!」


「可愛さ? メルリーヌ女史、寝ぼけていないで起きてください。早朝の教室は冷えます。風邪をひいてしまいますよ?」


「へ……?」


 ギュン、と心を鷲掴わしづかまれるような声に、机に伏していた顔を上げる。


 ーーすると、そこには朝日に照らされた教室を背景に、私を見下ろすレオンハルト・ジーク・アストレイアの姿があった。


 輝く金髪。煌めく碧眼。入学式典のときよりは軽装の、白を基調とした細身のブレザー。ふんわりしたクラヴァットを、瞳と同じ色の石で纏めている。


 その燦然とした佇まいたるや。斜めにズリ落ちた眼鏡を大慌てで治す私に、彼はにっこりと裏のある笑みを浮かべた。


「レ!? レレレオンハルトくんっっ!? ど、どうして貴方がここにいるの……!?」


「どうしてって。ここは私の所属クラスですから、登校するのは当然ではないですか?」


「それはそうだけど……でも、今までは授業を休んでいたのに」


「父の代わりに、急な公務に出ていたのです。先生の市邸に、知らせを送ったはずですが」


 仮面のような笑顔を崩さないレオンハルトに、そうだったのねと返す。国王様が病気なのだ。第一王子の彼が代わりに立たされるのは当然だ。腹黒属性が追加されたとはいえ、品行方正な彼が無断欠席するのはおかしいと思っていた。


「実は、ここのところ屋敷には戻っていないのよ。空いている小屋を借りて、学園に寝泊まりさせてもらってるの。昨夜は、教室で宿題のプリントを作ってるうちに寝落ちしちゃったみたい。おかげで変な夢を見ちゃったわ……」


「〝宿題のプリント〟? ああ、寮の部屋に届けられていたこの課題ですか。提出が必要かと思い持参しましたが……待ってください。まさか、教室で一夜を明かされたのですか? しかも、欠席した生徒たちだけでなく、クラス全員分の課題を手書きで……!? どうして転写の魔法を使われないのです!」


「最初は、休んだ生徒の分を転写で作ったんだけどね。生徒ごとに習得のレベルも苦手な分野も違うから、手書きに変えたの。そしたら、出席した生徒たちにも作って欲しいと頼まれてね。すごいのよ? この宿題のおかげで、小テストの成績が見違えるように上がったの!」


 言いながら、机に散乱していたプリントをまとめ、レオンハルトくんから彼の宿題のプリントを受け取った。公務から帰って間がないのだろうに、回答は完璧だ。


「ーーうん。応用問題までよく理解できているわ! 流石はレオンハルトくんね」


「私をみくびっておいでですか? このような問題、王が病に伏せられて山積みになっている諸問題に比べれば、造作もないですよ」


「確かに、私の問題には明確な答えがあるものね。……レオンハルトくん。次期国王である貴方には、共に国を支える臣下がいるわ。私もその一人よ。あまり一人で気負わないで。私が力になれることがあれば、いつでも言って頂戴」


「……メルリーヌ女史」


 レオンハルトの鉄壁の笑顔が崩れ、虚を突かれたような惚けた表情になる。しかし、彼はすぐさまそれを暗い笑みで覆い隠した。


「ーーなにを企まれているのです?」


「えっ?」


「これまでメルリーヌ女史は、私を含め、生徒たちには無関心だったではないですか。なのに、最終学年になった途端に干渉するのには、なにか理由があるのでしょう?」


「それは……」


 当然の疑問だと思った。夢の中で話したマリンローズがこれまでの私なら、態度が急変したと思われても仕方がない。


 しかし、まさか前世の記憶を取り戻したからだとは言えない。


「理由というか……貴方達とは、あと一年しか一緒にいられないんだもの。担任の先生として、私に出来ることは全部やってあげたいのよ」


「……」


「それに、気になることがあるの。ドラゴニア竜王国からの留学生、セオドール・ドラゴニアくんが、自室の前に魔法結界を張って閉じこもろうとしたの。結界は壊したんだけど、まだ部屋からは出てくれなくて。食事もポーションで代用しているみたいで、とても心配だわ。なんとかして、彼を部屋から連れ出したいのだけれど……」


 レオンハルトは碧い双眸を光らせて、じっと私の顔を見つめてくる。心の奥まで見透かされてしまいそうな、厳しい視線だった。


 やがて、彼は深々とため息を落とした。


「そのために、毎日彼の部屋に通い詰めておられたのですか? 噂が立っていますよ。年下の恋人の次は氷麗の公爵、その次は魔法大国の第一王子に言い寄ろうとしている、と」


「ええっ!? そ、それ、生徒たちが噂してたの!? 少しは仲良くなれたと思ったのに、傷つくわ……!」


「噂の出元はフレースヴェルグ嬢です。なので、私も半信半疑でしたが……事情はわかりました。しかし、セオドール王子は情に訴えて動く相手ではありません。彼を部屋から連れ出したいのなら、引きこもっている原因を解決するべきではありませんか?」


「原因を……」


 驚いた。彼は今、私に助言をしてくれているのだ。初めに中庭で会った時は、あんなに冷たかったのにーーそう思ったとき、人差し指を口元に、レオンハルトはクスリと笑んだ。


「生徒のために頑張るのはいいですが、あまりご無理をなさらないでください。貴女の無防備な寝顔を見せるのは、私だけにしてくださいね?」


「ーーっ!!」


 瞬間、レオンハルトの顔の横にパラメータが現れ、パァッと金色の光を放った。


レオンハルト・ジーク・アストレイア(17)

【好感度】 0→50

学力 200

魔力 180

強さ 180

リッチ度 200

流行 150

可愛さ 150



(【好感度】50……!!)


 0から50。通常ではありえない、信じられない数値に、手元にある彼の宿題のプリントをぎゅっと握りしめた。


 これまで頑張ってきたことは、無駄ではなかったのだ。


 思わずこみあげそうになった涙はーーしかし、迫力のある満面の笑みの前にひっこんだ。


「くれぐれもお願いしますが、本当に気をつけてくださいね? あんな寝顔を見られたら、生徒たちに示しがつきませんから」


「わ、わかったわ……」


 笑顔とは正反対の低い声音に息を呑む。どんな寝顔かは知らないが、《可愛さ》が3しかないので、酷いことには違いない。


 ともあれ、レオンハルトの言う通りだ。セオドールの命を助けるためにも、引きこもっている原因を解決しなければ。


「ありがとう。リメイクされても、やっぱり貴方は私の王子様ね」


 そう言って微笑みかけたとき、素直にびっくりした顔が可愛らしかった。



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